厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」によると、「メンタルヘルス不調」とは「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう。」と定義されています。
メンタルヘルス不調者は年々増加傾向にあり、社会的問題にもなっており、当事務所への相談内容でもメンタルヘルス不調に関するものが急増しています。
会社は、社員の健康面に配慮して働きやすい環境をつくったり、健康管理をしたりする「安全配慮義務」を負っており、労働契約法で明文化されていますが、もしメンタルヘルス不調の原因が会社にある場合は、安全配慮義務違反を問われる可能性があり、その場合の損害賠償額は非常に高額になることもあります。
このようなリスクに対し、会社は年1回の健康診断の実施、過重労働にならないよう労働時間を管理すること、危険な環境下で労働をさせないことなど具体的な取り組みをしていかなければなりません。
また、実際にメンタルヘルス不調となった社員に、産業医の面接や会社指定の医療機関の診察を受けさせるための規定や、休職と復職を繰り返す従業員に対応するための規定等は必ず就業規則に明記しておきたいところです。
【この記事の著者】 定政社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 定政 晃弘
現時点で就業規則がありません。うつ病を理由に長期欠勤をしている社員がいるのですが、解雇しても問題ないでしょうか?
就業規則がないから、あるいは、就業規則に休職制度の規定がないからといって、長期欠勤をしている社員をすぐに解雇するには大きなリスクがあります。
仮に、うつ病が業務上の疾病であると判断された場合、その療養のための休業期間と、その後30日間は解雇できないことが労働基準法で規定されているため、まずは業務上の疾病の可能性の有無を判断すべきです。
また、業務上の疾病ではなく私傷病によるものであったとしても、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法第16条)や過去の裁判例から、企業には高いハードルが課せられています。
過去の裁判例では、うつ病を発症し休職中の社員を休職期間満了を理由に解雇したところ、社員が解雇は無効であるとして地位確認などを求めて争い、裁判所は解雇無効との判断をしたものがあります(東芝事件=東京高判平23.2.23労判1022号5頁)。
就業規則がなくても解雇できないものではありませんが、これを機に、就業規則を作成し、休職制度を整備しておきましょう。
※休職制度を設ける法律上の義務はなく、設けるかどうかは任意です。
社員が「うつ病になったので労災認定の申請をしたい」と医師の診断書を会社に提出してきました。
たしかに、この社員は残業時間が長く負荷が大きかったのですが、具体的にどれくらいの残業をしていると労災認定されるのでしょうか?
労災保険の対象となるには、その傷病が「業務上」であることが必要となりますが、うつ病のような精神障害についてはその判断が難しいことは言うまでもありません。
平成23年に「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達が出されており、基本的に労働基準監督署はこの認定基準により業務上か、それとも業務外なのかを判断しています。
その中で、「業務上の疾病」として取り扱う要件として、3つあげられています。
まず、ひとつ目が「対象疾病を発病していること」です。
2つ目の要件は、「対象疾病の発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」です。
3つ目の要件は、「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと」です。
また、心理的負荷の強度を「強」「中」「弱」に区分し、総合評価の結果「強」であれば、2つ目の要件を満たしたことになります。
では、ご質問にある「どれくらいの残業」であれば「強」に該当するのでしょうか。
これについても次のような具体例が挙げられています。
①発病直前の1ヵ月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合
②発病直前の2ヵ月間連続して1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
③発病直前の3ヵ月間連続して1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った場合
④転勤して新たな業務に従事し、その後月100時間程度の時間外労働を行った場合
以上から、月100時間以上の時間外労働については、労災認定の対象となる可能性が高いと言えるでしょう。
直近半年でほとんど残業をしていない社員からメンタルヘルス不調の訴えがありました。
この場合も、就業規則で定められた休職扱いにしなくてはならないでしょうか?
【この記事の著者】 定政社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 定政 晃弘
メンタルヘルス不調は、長時間残業以外の原因で起こることもあります。
昇進や配置転換によるストレス、人間関係のトラブル、大きなプロジェクトを担当したことによるプレッシャーなどが挙げられます。
また、プライベートな出来事によって、うつ病になる方もいます。
つまり、メンタルヘルス不調がどのような原因で発病したかではなく、自社の就業規則に規定されている休職制度の休職事由に該当するかどうかにより適用の有無を判断しなければなりません。
就業規則に休職規定のある会社では、必ず「精神の疾患により労務提供を行うことができず、業務に支障があると会社が認めたとき」とか「業務外の傷病による欠勤が○日以上続き、治癒しないとき」いう条項を置いているはずです。
貴社の就業規則にこのような条項が設けられていて、社員がメンタルヘルス不調で労務提供ができないことが明らかであれば、休職扱いにしなければならないでしょう。
現在運用している就業規則には、休職に関する規定がありません。
今回、休業を加えた内容に改定したいのですが、休職期間はどれくらいに設定するのが妥当でしょうか?
休職期間については、それぞれの会社が自由に設定してよいことになっています。
多くの場合、勤続年数が長ければ、休職期間も長くなるというような設計になっており、中には休職期間が3年という会社もあります。
ただ、「3年」という長期の休職期間は、休職中の代替要員を確保しやすい大企業ならともかく、中小企業であれば長くても1年6ヵ月程度(※健康保険の傷病手当金の支給期間が1年6ヵ月であるため)にすべきだろうと思います。
中小企業で実際2年とか、3年の休職期間を設けている就業規則を度々拝見することがあり、この場合は就業規則を変更し、休職期間を可能な範囲で短縮するようアドバイスさせていただいています。3年たって復職しても中小企業の場合、社員が大幅に入れ替わっていたり、その仕事そのものがなかったり、最悪の場合は会社の存続が危うくなっていたりするからです。
どのくらいの休職期間を設定するかは、自社の規模などを十分検討し、慎重に決定して下さい。
メンタルヘルス不調により、休職と復職を繰り返す社員がいます。
当社としては負担の少ない部署への配置転換や産業医による面接指導などの努力をしていますが、復職してもすぐ再休職となってしまいます。
このため、事実上、数年間に渡って休職期間が続いており困っています。どう対処すればよいでしょうか?
休職に関する規定の不備により、休職と復職を繰り返す社員を数年にわたって抱えている会社があります。
残念なことに、中には制度を悪用しているのではないかと疑われるようなケースもあり、他の社員の負担が増え、モチベーションも下がるような悪循環に陥っているようです。
この問題に対処するには、就業規則に次のような条項を追記するのが良いでしょう。
「復職後○ヵ月以内に同じ休職事由ないし類似の休職事由により欠勤したときは、休職とする。この場合、休職期間は中断せず、復職前の期間と通算する。」
ここでは「類似の休職事由」という部分を加えることを忘れないで下さい。
うつ病と類似した疾患に統合失調症、双極性障害などがありますが、「同じ休職事由」だけだと似たような症状を再発しても、その都度、休職を認めなければならず、延々と休職期間が続く原因になりかねません。
これまで私傷病については、社員の主治医の診断書をもとに休職適用の有無を判断してきました。
しかし中には、休職中に趣味の世界に没頭するなど、「本当にうつ病だろうか……」と疑いたくなる社員もいます。
今後、弊社指定の医師の診断書のみで休職が妥当かを判断するという対策をとることは難しいでしょうか?
最近では休職中に海外旅行へ出かけ、その様子を楽しそうにSNSで発信したり、副業に精を出すような社員がおり、経営者や人事担当者、同僚が疑念を抱くのもごもっともです。
それでも私傷病休職を「会社の指定する医師の診断書のみで判断する」という内容にするのは現実的とは言えないでしょう。
休職が妥当かを判断するのは、あくまでも「会社」であり、「社員」ではありませんが、次の事項を検討し、総合的に判断するべきです。
①社員の主治医の診断書を提出させる。
②会社が指定する産業医の意見を聴く。※産業医がうつ病等を専門としていないのであれば、別途専門医の意見を聴くことが必要となるでしょう。
③必要があると思われるときは、会社が本人の同意を得た上で主治医から意見を聴く。
つまり①~③により、「現時点で労務提供ができない状態にあるのか」「復職できる可能性はあるのか」等を確認していき、もし休職しても復職する可能性がないのであれば、解雇という選択も視野に入れることになります。
なお、休職期間中は療養に専念する義務があることから、その内容を就業規則に明記するか、療養に関する誓約書を取得することも検討して下さい。
採用の面接時に「過去にうつ病の病歴はありますか?」と聞くことは問題があるでしょうか?
最近では、入社後の新入社員研修中にうつ病を発症し休職するというケースも決して珍しいものではなくなり、実際当事務所でも同様のご相談をよく受けます。
うつ病を発症すれば就業規則に沿って休職扱いとし、相応の対応をしていくことになりますが、その窓口となる人事担当者や休職者の上司の負担はかなりのものですから、ストレス耐性に強い社員を採用したいというのは当然のことでしょう。
そのため採用決定前の面接の段階において、過去の病歴を確認しておくことが重要になってきます。
この場合、口頭で確認するのではなく、病歴に関する質問表などを用意し、記入してもらうのが良いと思います。
口頭だと、もしものとき「言った、言わない」という話になりかねませんし、面接者の不用意な質問が後で問題につながる恐れもあるからです。
口頭あるいは書面に記入してもらう形式を取る場合でも、HIVや肝炎、色覚異常等、聞いてはならない情報がありますので、十分に注意する必要があります。
現在、弊社の就業規則に沿って、私傷病による休職中の社員には従来の給与の約3割を支払っています。
しかし最近、メンタルヘルス不調による休職者が急増しており、この負担が重くなってきました。
休職中の社員に対する給与の支払い額をゼロにすることは現実的に難しいでしょうか?
【この記事の著者】 定政社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 定政 晃弘
休職期間中の給与の取扱いについて、ほとんどの会社が私傷病の場合は「無給とする。」としていると思われるため、一部負担している、それも休職期間中の全期間について、というのは珍しいかも知れません。
貴社の休職期間が最長でどの程度か分かりませんが、現行の規則では今後ますます負担が重くなっていくことが予想されます。
そのため、一部負担してきた給与を今回ゼロにしたいということですが、その場合は就業規則(または給与規程)の不利益変更という問題を検討する必要があります。
給与の支給額が3割からゼロになれば、当然大きな不利益変更です。通常であれば合理性はなく認められるものではないでしょう。
しかし、私傷病による休職であれば傷病手当金が健康保険から支給され、支給額は1日につき標準報酬日額の3分の2にもなることから、最後に説明する場合を除き大きな不利益変更の問題はないと思われます。
もし、給与の支給があり、傷病手当金の額よりもその給与が少ないようであってもその差額が支給されます。また、傷病手当金は全額非課税です。
こういった背景から、給与はゼロにしても全てを傷病手当金で対応した方が社員・会社双方の利益になるといえます。
今回の事例について留意すべき事項は次のとおりです。
「傷病手当金の支給期間は、支給を開始した日から最長1年6ヵ月となるため、貴社の就業規則で休職期間を1年6ヵ月を超えて設計している場合は、その期間について傷病手当金はもちろん給与も支給されません」
以上を踏まえると、変更事項について社員から同意書を取得しておいた方が無難であろうと思われます。状況によっては経過措置や代償措置も必要となるかもしれません。
入社してわずか10日の社員が、うつ病のため休職となりました。直属の上司や同僚に聞いても、とくに厳しい指導を行った形跡はまったくありません。
このような場合も、就業規則の休職をそのまま適用しないといけないのでしょうか?
わずか10日でうつ病が発症したとはいうのは常識では考えられないと思いたいかもしれませんが、現在は、どの会社でも起こり得ることです。
御社の就業規則に休職の規定があり、この社員の方が休職事由に該当するのなら、それに基づいて対応するしかありません。
だからといって、放置するのは得策ではないでしょう。
今後、このような社員がまた出てこないとも限りません。就業規則に「試用期間中は休職を適用しない」とか、「入社後1年以内は休職を適用しない」といった内容の一文がないのであれば、付け加えておくと今後のリスク回避になります。
おそらく貴社は就業規則に試用期間を設けていると思います。そうであれば入社10日というこの社員の方は、まさに試用期間中でしょう。
試用期間は本来「勤務態度」「能力」「協調性」等、自社における適性を見極めるための期間であり、そうであるならば労務提供は不完全なものであってはならないはずです。
現在、休職中の社員がいます。休職期間の満了により復職できるかどうかまだ分かりませんが、もし復職が難しいと思われる場合、どのように手続きを進めていけばよいでしょうか?
私傷病等による休職期間が満了しても、治癒していないため復職できない場合の取扱いとして、就業規則には「解雇」か「退職」のいずれかが明記されていると思います。
解雇であれば解雇予告をする、あるいは解雇予告手当を支払う等の手続きが必要となります。退職であれば解雇のような手続きは不要です。
もっとも休職制度があるからといって、内容について社員の理解が不十分なまま唐突かつ一方的に手続きを進めれば、労務トラブルのリスクが高まります。
そのため、このような状況では、繊細かつ丁寧なコミュニケーションが求められます。
具体的には、休職扱いになる時点で制度の概要説明をするとともに、「休職期間」や「期間を満了しても復職できない場合は退職(または解雇)になること」を明記した書面を交付することです。
その書面が社員の確認を得るような形式となっているのが理想です。
また、休職に入れば、数ヵ月単位で状況報告を求めたり、診断書を取得することも必要となるでしょう。
中には休職者の自宅を定期的に訪問し、状況確認をするような会社もあります。この場合も、訪問記録を必ず書面にして残しています。
加えて、休職満了前の適切な時点で、「このまま治癒することなく休職期間が満了すると退職(解雇)になる」ことを再度伝えることも大切です。