【この記事の著者】
公認会計士・税理士 佐藤信祐先生
掲載日 2024/2/14

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、一部の事業を譲渡する手法として、事業譲渡又は分割により事業を譲渡する手法だけでなく、M&A対象外の事業を切り離した後に、M&A対象の事業だけになった被買収会社の株式を譲渡するという手法もあります。

ただし、株主が居住者に変わったことで、株主における課税が法人税ではなく、所得税になります。

本記事では、株主が居住者である場合に限定して、一部の事業のみを譲渡する手法について解説を行います。

事業譲渡又は現金交付型分割(非適格分社型分割)

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、この手法を採用した場合には、被買収会社において譲渡損益が生じます。

株式交付型分割(非適格分社型分割)+株式譲渡

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、この手法を採用した場合には、被買収会社において譲渡損益が生じますが、不動産取得税が課されない可能性があるという点で、事業譲渡又は現金交付型分割(非適格分社型分割)による手法と異なります。

非適格分割型分割+株式譲渡

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、この手法を採用した場合には、被買収会社の株主において、みなし配当及び株式譲渡損益が生じます。

ここで留意が必要なのは、「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事とは異なり、みなし配当が配当所得として課税されてしまうという点です。

そして、譲渡所得よりも所得税の負担が大きくなることが多いため、この手法を採用することが不利になることが少なくありません。

分割型分割により交付する分割承継法人株式の価値が小さくなるように、分割により移転する資産及び負債を調整するという選択肢もありますが、被買収会社の株主が少額の株式譲渡対価しか入手できないことから、そのような手法を採用するのであれば、あえて分割型分割による手法を採用せずに、現金交付型又は無対価型の分社型分割を行うことが多いと思われます。

適格分割型分割+株式譲渡

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、同一の者による完全支配関係がある場合において、完全支配関係内の分割型分割に該当するためには、同一の者による分割承継法人に対する完全支配関係が継続していればよく、分割法人に対する完全支配関係が継続することまでは要求されていません(法令4の3⑥二イ、ハ(1))。

 そのため、適格分割型分割によりM&A対象外の事業を分割承継法人に移転した後に被買収会社(分割法人)の株式を譲渡する手法を採用したときは、M&A対象外の事業に係る含み損益を実現させないことができます。

 この手法を採用した場合には、被買収会社(分割法人)の株主が被買収会社株式(分割法人株式)を譲渡したことに伴う譲渡所得(株式譲渡損益)が生じます。

一般的に、配当所得よりも譲渡所得のほうが所得税の負担が小さいことが多いため、被買収会社(分割法人)の株主が譲渡代金を受け取りたいと考えている場合には、この手法が採用されることが多いと思われます。

 この手法の特徴は、分割により移転する資産及び負債を調整することにより、株式譲渡代金も調整することができるという点です。

例えば、分割法人に残る事業の価値(借入金を除きます。)が1,000であり、分割承継法人に移転する事業の価値(借入金を除きます。)が800であり、分割前の借入金の総額が700であるときは、分割法人に全ての借入金を残せば、被買収会社(分割法人)の株式譲渡対価は300になり、分割承継法人に全ての借入金を移転すれば、被買収会社(分割法人)の株式譲渡対価は1,000になります。

 そのため、この手法を採用する場合には、金融資産や借入金を分割法人に残すのか、分割承継法人に移転するのかについて、十分に検討する必要があるといえます。

事業譲渡又は非適格分社型分割+株式譲渡

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、M&A対象外の事業に含み損がある場合には、事業譲渡又は非適格分社型分割により含み損を実現させることができます。

そして、この手法を採用した場合には、適格分割型分割+株式譲渡と異なり被買収会社株式の帳簿価額と時価が変動しないことから、譲渡所得(株式譲渡損益)が大きくなることがあり得ます。

 株式譲渡損が発生したとしても、譲渡所得と他の所得の損益通算が制限されていることから(措法37の10①)、「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」と異なり、株式譲渡損を利用した節税を行うことができません。

そのため、この手法が採用される場面としては、M&A対象外の事業に多額の含み損がある場合や、M&A対象外の事業が極めて小さい場合であると考えられます。
 

ストラクチャー選択のポイント

「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事で解説したように、いずれの手法を採用するにしても、被買収会社及びその株主における課税関係を検討する必要があります。

 特に、被買収会社の株主に対して、法人税ではなく、所得税が課されることから、実際に数値を当てはめてみると、「一部の事業を譲渡する手法(株主が内国法人である場合)」の記事とは異なる結論になることも少なくありません。

そのため、どの手法が有利なのかについては、思い込みで判断するのではなく、常に数値分析を行う必要があると考えられます。

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