今回は、信託が無効とされた裁判例をご紹介します。

なお、今回の内容も私どもで執筆をしてる書籍『税務のわかる弁護士が教える  税賠トラブルを防ぐ事業承継対策』の中の解説からピックアップしています。

【信託とは】

信託を使ったことのある先生はもう十分ご存知だと思いますが、信託を行ったことがない先生、忘れてしまったという先生もいらっしゃると思いますので、簡単にご説明します。

例えば、 事例として、祖父が自分の財産を信託する場合には、その人のことを「委託者」といいます。

ここでは、1億円を信託財産として信託する場合で考えてみます。

信用できる甥に信託する場合、この人を「受託者」といいます。
この場合、委託者と受託者が「信託契約」を締結することになります。

ここでは、その預けた1億円を不動産に投資して収益不動産を買う、という契約で考えてみます。
すると賃料収入が上がってくるので、それを孫の養育に使いたいということになります。

孫=利益を受け取る人のことを「受益者」といいます。

ここでの契約内容は次のように仮定します。

「契約内容」
①月々の養育のための費用をこの賃料の中から払う。
②高校入学時には100万円払う。
③大学入学時には100万円払う。
④22歳になったら、不動産を売却して、その売却代金から経費を差し引いたお金(残額)をすべて孫に渡す。

1回契約をしてしまうと、その内容がずっと有効に機能するので、祖父が高齢になって認知症になる、あるいは亡くなったとしても約束が守られる、というのが信託になります。

なお、この信託制度では、信用できる甥について、若干不安があるという場合には、「信託監督人」というものをつけることができます。

【信託が無効になる場合】

信託は無効になる可能性があるので注意が必要です。

裁判例を見ていきます。

「東京地裁平成30年9月12日判決」(金融法務事情2104号78頁)

(事案)
・被相続人Aが、全財産の3分の1を次女Bに死因贈与契約をした。
・相続人Aが、全財産の3分の2を次男Yに死因贈与契約をした。
・その上で、被相続人Aが、所有不動産と300万円について、次男Yと信託契約を締結した。
・その信託契約での受益権(孫の立場)の割合は、長男Xが1/6。
※これは長男の遺留分相当額ということなので、つまり遺留分対策ということです。
・次女Bが1/6、次男Yが4/6。
※全財産のほとんどを次男に渡そうという意図だと思います。
・長男Xは、不当だとして、次男Yに対して、本件死因贈与又は本件信託によって遺留分を侵害されたとして、遺留分減殺請求権を行使した。
※これは相続法の改正前なので、減殺請求権なのですが、現在は「遺留分侵害額請求権」と名前が変わっています。

(判決)
・被相続人Aは、本件信託において、A所有の全ての不動産を目的財産とし、信託財産により発生する経済的利益を受益者に受益権割合に従って分配するものとした。
※外形上見ると経済的利益の分配、ということです。

・しかし、A所有不動産のうち、無償貸与地等は、これを売却しあるいは賃貸して収益を上げることが現実的に不可能な物件であること、
※お金に換えるのが不可能な物件だということです。

・また、自宅等の不動産についても、駐車場部分の賃料収入は同不動産全体の価値に見合わないものであり、売却することも、あるいは全体を賃貸してその価値に見合う収益を上げることもできないことが認められ、これらは本件信託当時より想定された事態であるといえることからするとAは、上記各不動産から得られる経済的利益を分配することを本件信託当時より想定していなかったものと認めるのが相当である。
※形式上は経済的利益を分配するように見えたけれども、実際には経済的には分配するつもりはなかった、ということが認定されています。

・Aが本件信託前に行った本件死因贈与は 、Xの遺留分を侵害する内容のものであったこと、本件信託は、Aの全財産のうち全ての不動産と300万円を目的財産とし、Xに遺留分割合と同じ割合の受益権を与えるにとどまるものであったことからすると、Xが遺留分減殺請求権を行使することが予想されるところ、仮に、Xが遺留分減殺請求権を行使し、本件信託におけるXの受益権割合が増加したとしても、上記各不動産により発生する経済的利益がない限り、Xがその増加した受益権割合に相応する経済的利益を得ることは不可能である。

・Aが上記各不動産を本件信託の目的財産に含めたのは、むしろ、外形上、Xに対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることにより、これらの不
動産に対する遺留分減殺請求権を回避する目的であったと解さざるを得ない。

※外形上は確かに経済利益を与えて、遺留分割合を与えているように見えたとしても、実際にそうではない、経済的利益を全く与えてないのだから、結局これは遺留分減殺請求回避目的だ、ということです。

(結論)
・本件信託のうち、経済的利益の分配が想定されない上記各不動産を目的財産に含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効。

では、遺留分減殺の対象となるのはどの部分なのかについては、次のように判断しています。

・信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべき。

※受益権が遺留分減殺の対象となった、ということになります。

(まとめ)
・今回は下級審判決であって、最高裁判決ではないので、最高裁でどうなるかまだ未確定、ということをまずご留意ください。
別の裁判所が判断する場合には、違う結論になる可能性もあります。

・無効の理由は、公序良俗ということになります。

・今回の場合、遺留分潜脱目的が外形上明らかです。
形式的には経済的利益を分配したように見せていても、実質的には遺留分潜脱目的、実際には何も分けていない、ということです。

・今回、経済的利益の分配というものが重視されました。
これは遺留分制度の趣旨です。

・遺留分制度の趣旨は、一般的には次のようなものです。

①残された相続人の生活保障
②潜在的持分の清算(家業を手伝うなど)
そのため、経済的利益の分配が重視された、ということになるのではないかと思います。

ただ、この遺留分制度の趣旨は、いろいろと批判されています。

現在、高齢になってから相続する、高齢者が相続人である、ということが多く、その場合には相続人は生活をきちんとしているのだから、生活保障などいらないのではないか、というような批判もあるのですが、今回はこのような結論になったということです。

この判決の結論には、税理士の先生方は比較的納得感があるのではないかと思います。

税法の場合には、相続の場合の「総則6項」、あるいは「行為計算否認」という、行き過ぎた場合にはその行為を否認されるというようなことを経験していらっしゃると思うので、このように遺留分潜脱目的が行き過ぎた場合には無効となることは十分あり得る、というところでの納得感です。

信託制度は非常に有効な制度だとは思いますが、やりすぎると無効となってしまうリスクもあります。

遺留分制度はかなり強力なので、遺留分制度に配慮しつつ、スキームを組成することをお勧めしたいと思います。

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