【この記事の著者】
公認会計士・税理士 佐藤信祐先生
掲載日 2023/6/12
合併、分割、現物出資、株式交換等又は株式移転を行った場合において、完全支配関係内の組織再編成に該当するためには、組織再編成の直前だけでなく、組織再編成後に完全支配関係が継続することが見込まれている必要があります。
このような要件を「完全支配関係継続要件」といいます。
ただし、条文上、「見込まれている」と規定されていることから、組織再編成後の後発事象により完全支配関係が継続しなかった場合にどのように考えるのかが問題になります。
本記事では、完全支配関係継続要件と後発事象について解説します。
後発事象に該当した場合
実務上、組織再編成を行った時点では株式を譲渡する予定がなかったものの、後発事象により株式を譲渡してしまうことがあります。
このような場合には、「見込まれる」と規定されていることから、組織再編成の時点において「見込まれる」状況にあったか否かにより判断すべきだといわれています。
そのため、組織再編成の時点では株式を譲渡する予定がなかったのであれば、完全支配関係継続要件に抵触しないことになります。
譲渡するかどうかが不明な場合
そして、実務上、株式を譲渡することは決まっていないものの、「良い条件だったら譲渡するかもしれない」という状態である場面は少なくありません。
この点については、「予定されている」という状態にある場合、具体的には「売却計画が事前に決定された」という状態にある場合に限り、完全支配関係継続要件を満たせなくなると解されています(朝長英樹『組織再編成をめぐる包括否認と税務訴訟』369 頁(清文社、平成 26 年))。
ただし、この場合における決定機関は、必ずしも取締役会や株主総会に限定されないため、取締役会決議が行われる前であっても、取締役会決議に重要な影響を与える者(ex.代表取締役)による意思決定が行われているのであれば、完全支配関係継続要件に抵触することが考えられます。
買い手候補を探しているが、譲渡価額が不明な場合
そのほか、実務上は、仲介会社を使って買い手候補を探しているものの、希望する譲渡価額で譲渡できるかが不明であり、M&Aが成立するかどうかも不明な場合が考えられます。
この場合における考え方ですが、非適格組織再編成に係る譲渡損益、資産調整勘定及び資本金等の額の計算が、非適格組織再編成により交付された株式等の時価により行われることから、譲渡価額が不明なままだと、これらの計算ができないという問題があります。
さらに、希望する譲渡価額で譲渡できない場合には、M&Aが成立しない可能性があることから、株式を譲渡することが「事前に決定された」ものであるとまではいえません。
そのため、譲渡価額が不明な段階であれば、完全支配関係継続要件に抵触するとまではいえないことが多いと思われます。
メールの履歴
最近の税務調査では、メールの履歴についても調査対象になります。
完全支配関係が継続することが見込まれていたかどうかという点については、議事録のような公式なものよりは、M&Aの交渉を担当している取締役や執行役員によるメールの履歴のほうがリアルな現状を認識することができるので、完全支配関係継続要件が議論になった場合には、メールが閲覧される可能性が高いと思われます。
もちろん、M&Aの交渉を担当している取締役や執行役員が社内に対する過剰なアピールのために、やや話を盛ったメールを送っており、それが履歴に残っていることが少なくありません。
例えば、交渉相手がまだ悩んでいる状態であったり、具体的な条件が提示されていなかったりする状態であっても、あたかも極めて高い可能性でM&Aが成立し、かつ、こちらの要望がほぼ通るといったようなメールの履歴が残されていることがあります。
このような場合には、税務調査においても完全支配関係継続要件に疑義が生じやすいことから、組織再編成の日におけるM&Aの交渉の状況をきちんと整理したうえで、社内資料として残しておく必要があるといえます。
会食やゴルフ
さらに、M&Aの交渉は会食やゴルフで行われることも少なくなく、かつ、接待交際費として、会食やゴルフの経費が計上されていることから、どれくらいの頻度でM&Aの交渉先と会食やゴルフをしたのかということがわかります。
もちろん、あまりに会食やゴルフの頻度が高いということになれば、かなり具体的な交渉を進めていると疑われる可能性があります。
そうなると、どこまで資料を整備しても、完全支配関係継続要件への抵触が疑われ、否認されてしまうリスクが高いように感じられているかもしれません。
実際に、この論点は水掛け論になりやすいことから、反面調査がされる可能性が高いと思われます。
そのため、否認されるリスクを限りなく小さくするためには、いったん M&Aの交渉をストップする必要があります。
これは、メールのやり取り、資料のやり取りだけでなく、交渉の当事者のみが参加する会食やゴルフについても同様のことがいえます。
まとめ
完全支配関係継続要件の判定は、組織再編成の時における見込みで判断することから、その後の後発事象により完全支配関係が崩れたとしても、税制適格要件に影響を与えないといわれています。
しかしながら、本当に後発事象であったかどうかの立証が困難である場面も多いため、組織再編成の後に M&Aを検討している場合には、後発事象であったと立証できるように、M&Aの交渉経緯をきちんと整理しておく必要があるといえます。