【この記事の著者】
公認会計士・税理士 佐藤信祐先生
掲載日 2023/8/8

TPR事件では、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転が必要であると判示されました。

しかしながら、この判示には批判が多く、平成22年度税制改正との整合性の観点からも問題があります。

さらに、最近では、TPR事件の判旨をあえて採用せずに、他の理由により包括的租税回避防止規定を適用した国税不服審判所の裁決がありました。

このことからも、今後、課税当局及び裁判所が、TPR事件の判旨を採用しなくなる可能性もあります

ここでは、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転が必要なのかどうかについて検討を行います。

TPR事件

(令和元年12月11日 Westlaw Japan 2019WLJPCA12116002)

 

TPR事件とは、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、包括的租税回避防止規定(法法132の2)が適用された事件のことをいいます。

すなわち、本事件は、平成22年改正前法人税法に係る事件であるため、平成22年度税制改正後の事件に射程が及ばないとする見解もあります

東京高裁では、

「確かに、完全支配関係にある法人間の適格合併については(法人税法2 条 12 号の 8 イ)、支配関係にある法人間の適格合併におけるような従業者引継要件及び事業継続要件(同条 12 号の 8 ロ)の定めは設けられていない。しかしながら、原判決第5・3(2)が説示するように、組織再編税制は、組織再編成の前後で経済実態に実質的な変更がなく、移転資産等に対する支配が継続する場合には、その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるということを基本的な考え方としており、また、先に組織再編税制の立案担当者の説明を引用して判示したとおり、組織再編税制は、組織再編成により資産が事業単位で移転し、組織再編成後も移転した事業が継続することを想定しているものと解される。加えて、これも原判決が第5・3(2)で説示するとおり、支配関係にある法人間の適格合併については、当該基本的な考え方に基づき、前記の従業者引継要件及び事業継続要件が必要とされているものと解され、殊更に、完全支配関係にある法人間の適格合併について、当該基本的な考え方が妥当しないものと解することはできないから、当該適格合併においても、被合併法人から移転した事業が継続することを要するものと解するのが相当である。」

と判示されています。

しかしながら、平成22年度税制改正において、事業の移転を前提としない適格現物分配の制度(法法62の5)が導入されるとともに、事業を移転しない適格分割若しくは適格現物出資又は適格現物分配に対して、繰越欠損金の使用制限及び特定保有資産譲渡等損失額の損金不算入の特例計算が定められたことから(法令113⑤~⑦、123の9⑨~⑪)、事業を移転しない適格組織再編成が存在することが明らかです。

さらに、残余財産の確定に伴う繰越欠損金の引継ぎ(法法57②)が導入されたことからも、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転が必要であるとする考え方には問題があるといわざるを得ません

PGM事件

PGM事件とは、二段階組織再編成により第一次合併に係る被合併法人の繰越欠損金を第二次合併に係る合併法人に引き継いだことに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事件のことをいいます。

本事件に対しては、令和2年11月2日に国税不服審判所の裁決が下された後に、東京地裁で争われていますが、本稿校了段階では、まだ東京地裁判決は下されていません。

本事件は、平成22年度税制改正後の事件ということもあり、組織再編税制の専門家の中でも、非常に注目されています。

本事件では、二段階組織再編成を行ったこと、5年経過するまで待ったことなど、非常に論点が多岐に渡っていますが、最も注目されるべきは、TPR事件と同様に、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転が必要であるかどうかという点であるといえます。

この点については、国税不服審判所では明確に争われていないため、東京地裁判決がどのような内容になるのかが注目されます。

国税不服審判所令和4年8月19日裁決

そのような中で、別の事案に対して、令和4年8月19日に国税不服審判所の裁決が下されました。

本事案は、大阪地裁で争われているようですが、栗原宏幸・丸山木綿子・河野隆太朗「組織再編成に係る行為計算否認規定を適用し、100%子会社の繰越欠損金の適格合併による引継ぎを否認した新たな否認事案の裁決の検討」TAX LAWNEWSLETTER.Vol58(森・濱田松本法律事務所、令和5年7月21日)によると、国税不服審判所は、TPR事件の判旨をあえて採用せずに、

「例えば、適格合併が企業グループ内の法人の有する未処理欠損金額の企業グループ内の他の法人への付替えと同視できるものであるなど適格合併の場合に未処理欠損金額の引継ぎを認めることとした前提を欠くような場合にまで、未処理欠損金額の引継ぎを認めることを想定した規定ではない」

と判示したようです。

今後、PGM事件において、TPR事件の判旨を採用するのか、それとも別の根拠を示すのかが注目されます。

まとめ

このように、TPR事件では、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転が必要であると判示されましたが、平成22年度税制改正後も有効であるかどうかは疑念があります

このことは、TPR事件の判旨を採用しない国税不服審判所の裁決が下されたことからも明らかです。

しかしながら、PGM事件の東京地裁判決が下されていませんし、国税不服審判所令和4年8月19日裁決も大阪地裁で争われています。

そのため、今後、この2つの事件に対してどのような判決が下されるのか、そして、そのことによって、どのように実務に影響を与えるのかについて、注目していく必要があると考えられます。

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