所得税確定申告業務を受託していた税理士が訴えられた事案をご紹介します。

事案

依頼者は、診療所を開設するに当たり、税理士と顧問契約を締結しましたが、契約書は締結しませんでした。

税理士は、本件顧問契約に基づく業務として、現金出納帳及び合計残高試算表の作成、毎年の決算処理、総勘定元帳及び決算書の作成、
依頼者の所得税の確定申告業務及び消費税の確定申告業務を行っていました。

診療所の従業員Aは、税理士に対し、平成21年5月15日、本件診療所における3000万円を横領したことを告白しましたが、税理士は、これを直ちに依頼者に報告しませんでした。

後の後、Aは、依頼者に対し、同月22日、横領したことを伝えました。

そこで、依頼者は、税理士に対し、依頼者が雇用していたAの横領につき、税理士が、会計上の不正行為の有無を調査しなかったことまたは会計上の不正行為が疑われる事実を報告しなかったことが、税務顧問契約上の債務不履行になるとして、損害賠償を請求しました。

判決

東京地裁平成28年5月18日判決は、依頼者の請求を棄却しました。税理士勝訴です。

裁判所は、本件顧問契約において委任されたのは、税理士の本来業務及び付随業務であって、本件診療所の適正な運営、委任者である依頼者の財産の管理や保全が委任の本旨になるものではないから、不正調査義務や報告義務はない、と判断しました。

ただし、安心はできません。

税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とします(税理士法第1条)。

それゆえに、税理士が故意または相当の注意を怠って真正の事実に反して税務代理若しくは税務書類の作成をしたときは、懲戒処分を受けることになります(同法第45条参照)。

ということは、不正行為ということではなく、税理士業務を行う上で、資料や事実関係の調査を怠って不正を見落としたような場合には、不正行為発見義務ということではなく、税理士業務における善管注意義務違反として、損害賠償責任が発生する可能性がある、ということになるでしょう。

裁判例を読むときは、その事例における結論だけでなく、多面的に考えることが大切ですね。

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