現行民法のルール
「約款」とは、多くの人との間で同じ取引をするために作成される取引条項のことをいいます。
電車の運送約款、保険約款、サイトの利用規約の他、クレジットカードをつくったときに送られてくる会員規約も約款のひとつです。
本来であれば取引相手ごとに契約を結ぶ必要がありますが、電車に乗車する人それぞれと鉄道会社が契約を結ぶことは現実的ではありません。
また、取引相手が異なっても取引条項は共通しているため、ひとつにまとめることができます。
そこで、契約書と同じような条項を記載した約款をつくることが一般的に行われています。
なお、現行民法には約款に関する規定はありません。
変更点
(1)定型約款の定義規定を置き、合意したものとみなされる場合について規定
インターネットで、次のページに進むために「利用規約に同意する」にチェックすることが求められることがあります。
現行民法には約款に関する規定がないため、これによって利用規約に書かれている条項すべてに同意したことになるかどうかは、明らかではありませんでした。
契約は、当事者が契約書に書かれた内容を確認して合意の上で結ぶため、契約の内容に拘束されることは当然であるといえます。
それに対して約款の場合は、すべての条項に目を通すわけではなく、内容を確認していない状態で同意しても約款の内容に拘束されないのではないか、とも考えられます。
約款に同意した場合の拘束力を明確にするため、民法に約款に関する規定を置くことが求められていました。
改正民法は、「定型取引」と「定型約款」という新しい言葉を使って、一定の場合には約款に記載された条項ひとつひとつに合意したものとみなすという規定を置きました。
定型取引とは、取引相手が不特定多数で、画一的な取引内容とすることが当事者双方にとって合理的な取引です。
定型約款とは、定型取引における契約内容とすることを目的として準備された取引条項です。
定型取引をすること、定型約款を契約内容とすることの両方に合意をした場合は、定型約款に記載された条項すべてに合意したことになります。
定型取引をすることの合意があり、定型約款を準備した人が事前に取引相手に対して定型約款を契約内容とすることを表示していた場合も同様です。
合意したものとみなされる場合は、その内容に拘束されます。
確認していない条項があったとしても合意したことになるため、約款のすべてにこの規定を適用するのではなく、定型約款にあてはまる場合のみとして、適用される範囲を限定しています。
(2)取引相手の利益を一方的に害する条項がある場合の例外を規定
約款には、取引相手に不利益な条項が含まれている場合があります。
改正民法は、取引相手の利益を一方的に害する条項であって、その内容が信義則に反するときは、先に説明した要件をみたしていても合意したものとはみなさないこととしました。
つまり、定型取引をすること、定型約款を契約内容とすることの両方に合意をした場合でも、信義則に反する不利益な条項に合意したことにはならないということです。
信義則に反するとは、取引相手の信頼を裏切るような内容のことです。
不利益な条項を見落として合意してしまったからといって、その内容に拘束されるとすることはあまりに不利益であるため、例外規定を設けているのです。
(3)定型約款の変更の効力を規定
約款を利用する取引は継続的に行われるため、途中で内容を変更する必要が生じることがあります。
契約の場合には、当事者で合意して契約の内容を変更することになりますが、不特定多数の人を相手にする約款を変更するよう求めて交渉し、個別に変更をする、という取り扱いは難しいでしょう。
そこで、将来内容を変更することを見越して、あらかじめ約款に「当社は、本約款を予告なく変更することがあります。」というような記載をしておくことが一般的です。
この記載がある場合には、すべての取引相手が当然に変更後の約款に拘束されるのかが問題となります。
現行民法には約款の規定がないため、このことについてももちろん規定されていませんでした。
改正民法は、定型約款を準備した人が一方的に定型約款を変更したときでも、取引相手が変更後の定型約款に拘束される場合について定めました。
1つ目は、定型約款を変更することが取引相手の利益に適合する場合です。
取引相手は不特定多数であるため、ひとりひとりの利益ではなく、一般の利益に適合するかどうかによって判断します。
2つ目は、定型約款を変更することが契約の目的に反しないことに加え、変更する必要があることや変更後の内容が相当であることなど、その他の事情から見て合理的であるといえる場合です。
以上の2つの場合のどちらかにあてはまるときは、取引相手が変更後の定型約款に合意したものとみなし、変更後の内容に拘束されることとしました。
取引相手の利益を害さない場合や合理的な変更の場合に限定することで、取引相手の保護を図っています。
定型約款を変更する場合には、変更の効力発生時期を定めること、変更した旨及び変更後の内容をインターネットなどで周知する必要があります。
周知をする時期は、変更の効力発生時期よりも前でなければならず、仮に周知が遅れた場合には変更の効力が生じないとされています。
これは、取引相手が定型約款の変更を知る機会を確保するために設けられた規定です。
契約書への影響
※(2)及び(3)は、定型約款への影響です。
(1)もととなる契約書があり、契約内容の補完を行うために定型約款を作成することがあります。
その場合には、定型約款を契約書の別紙として添付し、契約書に定型約款の内容に合意するという規定を設けます。
また、別紙として添付するのではなく、定型約款をホームページに掲載しておき、それに従うという規定を置くことも考えられます。
その場合には、定型約款の内容をあらかじめ確認した旨の記載をしておくと、後日の紛争を防ぐことができます。
変更例
新設(定型約款)
「甲及び乙は、本契約書の定めに従う他、別紙の定型約款の定めにも従うものとする。」
新設(定型約款)
「甲及び乙は、本契約書の定めに従う他、甲のホームページに掲載されている定型約款の定めにも従うものとする。乙は、本契約の締結に先立ち、同約款の内容を確認したことを認める。」
(2)取引相手に一方的に不利益となる条項は、たとえ定めても合意したものとはみなされない可能性があるため、そのような条項を避ける必要があります。
(3)取引相手との合意によらずに定型約款を変更する可能性がある場合には、これまでどおり「当社は、本約款を予告なく変更することがあります。」などの記載をしておくようにしましょう。
いつから適用になるか
定型約款の施行日には注意が必要です。
今回の民法改正は、そのほとんどが2020年4月1日に施行されますが、定型約款に関する規定は施行日前に結んだ定型取引に関する契約にも適用されます。
ただし、施行日前に結んだ契約については、2018年4月1日から2020年3月31日までの間に改正民法の適用を受けないための意思表示(反対の意思表示)をすれば、改正民法は適用されません。
反対の意思表示は書面または電磁的記録で行う必要があり、口頭で行うことはできません。
反対の意思表示をした場合は、施行日である2020年4月1日以降も現行民法が適用されることになります。
約款に関する規定がない現行民法が適用されると法律関係が不明確になるため、反対の意思表示をするのは特別な事情がある場合にとどめましょう。