執筆:弁護士・税理士 谷原誠
税理士損害賠償の裁判例の紹介です。
東京地裁平成21年10月26日判決
(判例タイムズ1340号199頁)です。
(事案)
●不動産賃貸業をしている原告が税理士であ
る被告に対して,平成11年度から平成17年度までの
所得税の確定申告にかかる青色申告決算書及び
確定申告書の作成を委任した。
●原告は、被告税理士に対し、収入については、
内訳明細書を、支出については領収書等を交付したが、
実際には礼金や更新料等を受領していたにも
かかわらず、内訳明細書には、多くの礼金や
更新料等の記載がなかった。
●領収証の中にも私的な犬小屋の建設費用に
関する領収書などがあったが、
税理士は、提出された内訳明細書をそのまま転記し、
犬小屋の建設費用なども経費計上した。
●後日税務調査があり、不動産収入の申告漏れ
及び必要経費の計上の誤り等を指摘された。
●原告は修正申告をし、過少申告加算税、
延滞税、重加算税等を課された。
●原告は、被告が税理士としての職務上の
注意義務を怠り,原告から提出された資料の
内容を精査,確認しないまま漫然と確定申告書等を
作成し,原告にこれらを提出させて
確定申告させた402万3300円
の損害賠償を求めた。
(裁判所の判断)
●被告は,税理士として,独立した
公正な立場において,申告納税制度の
理念に沿って,納税義務者の信頼に応え,
納税義務の適正な実現を図ることを
使命とする専門職であり(税理士法1条参照),
税理士業務を行うに当たっては,
依頼者が,課税標準等の計算の基礎と
なるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,
若しくは仮装している事実等があることを
知ったときには,直ちにその是正を
するよう助言する(法41条の3)
などの義務を負う。
したがって,被告は,上記法の趣旨に照らして,
本件委任契約に基づき,原告に対し,
税務の専門家として,税務に関する法令,
実務に関する専門知識に基づいて,原告からの
委任の趣旨に沿うよう,適切な助言や指導を行って,
確定申告書等の作成事務を行うべき義務を負う。
●税務に関する専門知識を有する被告において,
本件各確定申告書等の記載と本件各資料の記載を
照合して,本件各確定申告書等の根拠となっている
本件各資料の内容を精査すれば,礼金等の収入の
有無や必要経費の内容や金額などについて,
疑問をもち,原告に対し,これらについて説明を求め,
追加資料の提出を促すことは容易で
あったというべきである。
●被告の対応は,従業員であるBをして,
原告から提出された本件各資料を精査,
確認することなく,そのまま転記して
不正確な内容の本件各確定申告書等を作成させ,
自らも,その内容の正確性を精査,
確認せず,漫然と記名又は記名・押印
したという他はなく,前記(1)認定の
本件委任契約を受任した税務の専門家として,
原告からの委任の趣旨に沿うよう,
原告に対し,適切な助言や指導を行って
確定申告書等を作成すべき義務を怠ったと認められる。
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不動賃貸業では、礼金や更新料を受領すること
が多いにもかかわらず、それらの記載がない時は、
その点について確認する必要があります。
これは、「本来、あるべき収入がない」
という不自然な状況に気づく必要がある、ということです。
また、依頼者が作成した収入の内訳書が
あったとしても、同時に根拠資料が
提出されていたときは、その照合を行わないと、
注意義務違反を問われる可能性があることにも
注意が必要です。
なお、税理士は、礼金等の有無を確認し、
根拠資料を提出するよう求めた、
と主張しましたが、その証拠は提出されませんでした。
この点について、裁判所は、次のように判断しています。
「7年間に亘って,一度も上記要請に
応じなかったのであれば,税理士としての
職責を担う被告としては,もはや,
適切な業務が遂行できないとして,
本件委任契約を解除するなどの手段を
講じるのが自然である」
つまり、適切な税理士業務ができない状況に
なった時は、「辞任する」選択肢も
検討すべきだ、ということです。
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長くなりましたが、もう一点指摘しておきたいと思います。
今回、税務調査では、被告とは別の税理士が対応しました。
結果的に、重加算税が課されていますが、
この点について争われていません。
しかし、本件で問題となった内訳書は、
原告本人ではなく、不動産仲介業者が
作成したものを、そのまま提出したものです。
また、犬小屋の建設費用はありましたが、
特に原告が嘘をついて税理士に提出したわけではなく、
他の領収書と一緒に提出しています。
つまり、外形上、隠蔽又は仮装と解釈できる行為がありません。
このような場合には、税務調査に対応した
税理士としては、重加算税の賦課要件である
隠蔽又は仮装がないので、重加算税賦課決定が
違法である旨の指摘をし、納税者に適切な助言をする
注意義務があると考えられます。
この点についてもご注意いただきたいと思います。
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