執筆:弁護士・税理士 谷原誠
税理士の損害賠償責任
税理士の業務には、税務代理、税務書類の作成、税務相談(税理士法2条1項)その他、様々なものがあるが、税理士と依頼者との契約は、法的には委任契約とされている(最高裁昭和58年9月20日判決)。
税理士がミスをした時は、委任契約の受任者としての義務に違反したとして、債務不履行に基づく損害賠償責任が発生する場合と、税理士としての注意義務に違反したとして、不法行為に基づく損害賠償責任が発生する場合がある。
そして、税理士は、「委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負う」(東京地裁平成22年12月8日判決)とされており、注意義務の程度が重いことに注意が必要である。
税賠保険がおりない場合(税理士職業賠償責任保険の免責事項)
依頼者から税理士に対する損害賠償請求に対する備えとしては、税理士職業賠償責任保険(以下、「税賠保険」という)がある。
しかし、税賠保険は、税理士が負担する損害賠償責任を全て補填するものではない。
まず、税賠保険で保障される「税理士業務」は、税理士法で定める税理士業務から、付随する社労士業務などを除いた業務である。
したがって、税理士法に定めていない財務や経営コンサルタント業務、相続における税務以外の助言業務などは、税賠保険の対象に含まれないため、税賠保険はおりない。
また、税賠保険のおりない免責事項として、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、延滞税、利子税等に相当する賠償額が定められている。
税理士に対する損害賠償請求がされる場合には、多くの場合、加算税や延滞税が課されることを考えると、税賠保険は、税理士に対する損害賠償請求に対する備えとして万全とは言えない。
但し、消費税に関する届出失念や適用誤りなど税賠保険でカバーされる範囲も多い。
実際、筆者が多数経験している税理士に対する損害賠償請求訴訟事案においては、税賠保険から一部でも支払われるのであれば解決がしやすい事例もあるので、加入していない税理士は加入を検討することをおすすめしたい。
また、「事前の税務相談」における税賠は、「事前相談特約」に加入しておかないと保険金は出ないので、合わせて加入を検討することをおすすめしたい。
税理士の注意義務の類型
過去の税理士損害賠償に関する多数の裁判例を分析すると、税賠訴訟で問題とされる税理士の注意義務は、大きく8つの類型に分類できる。
①説明助言義務
②有利選択義務
③不適正処理是正義務
④前提事実の確認義務
⑤積極調査義務
⑥税法以外の法令調査義務
⑦租税立法遵守義務
⑧第三者に対する義務
なお、「税理士を守る会」では【初月無料】で税理士への損害賠償請求など法的トラブルについて弁護士に質問・相談できる。
以下、簡単にそれぞれの注意義務について説明する。
(1)説明助言義務
税理士は、善管注意義務に基づき、依頼者に対して関連税法及び実務に関して、有益な情報および不利益な情報を提供し、依頼者が適切に判断できるように説明及び助言をしなければならない。これを税理士の説明助言義務と言う。
この説明助言義務については、税理士が①説明助言義務を負うか、②説明助言義務を負うとして、説明助言したかどうか、で争われることになる。
過去の裁判例では、②に関し、税理士が「説明助言した」と主張するものも多い。
しかし、裁判実務においては、税理士の側で「説明助言した」と証明できない場合には、説明助言の事実が否定される傾向にある。
したがって、税理士が無用の損害賠償請求を防止するためには、説明助言したことを証拠化して残しておくことが重要である。
(2)有利選択義務
税理士の注意義務の一つとして、有利選択義務がある。
これは、複数の選択しうる処理の方法がある場合に、法令の許容する限度で依頼者に有利な方法を選択する義務である。
複数の可能性を示したこと、及び税務上の助言をしたことを証拠化しておくことが重要である。
(3)不適正処理是正義務
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする(税理士法第1条)。
そして、税理士は、税務の専門家として、高度の知識と技能を駆使して、依頼者の納税義務の適正な実現を図らなければならない。
したがって、依頼者の依頼や説明などが不適正であり、納税義務の適正な実現を図ることができないような場合には、これを是正する義務がある。
これは、不適正処理是正義務である。
この点についても、是正を助言指導したことを証拠化しておくことが重要である。
(4)前提事実の確認義務
税理士が受託業務を行うに際しては、法令適用の前提となる事実について、依頼者に質問し、書類を精査するとともに、それが不十分である場合には、さらに調査をして前提事実を解明する注意義務がある。
これが前提事実の確認義務である。
どこまで確認するか、契約書等に記載しておくことで紛争を回避できる場合がある。
(5)積極調査義務
税理士は、税務の専門家として、高度の知識と技能を有するとともに、その知識と技能を駆使して依頼者の納税義務の適正な実現を図ることを期待されている。
したがって、その知識と技能に照らし、依頼者の説明や資料に疑問点を生じたり、不十分であるなどの場合には、依頼者に積極的に問いただしたり、資料提示を求め、調査する義務がある。これが積極調査義務である。
報酬額などによっては、多くの時間を割けない場合もあると思われるので、どこまで調査するか、事前に決めておき、契約書などに記載しておくことで紛争を回避できる場合がある。
(6)税法以外の法令調査義務
税理士は税法の専門家であり、全ての法律に関する専門家ではないが、税理士がその職務を行うにあたって、税法の適用の前提として、他の法律を解釈適用する必要が生ずる場合がある。
このような場合に、税理士は、どこまで法令の調査をし、確認を求められるのか、が税理士の法令調査義務の問題である。
(7)租税立法遵守義務
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする(税理士法第1条)。
したがって、税理士は、租税立法を遵守する義務を負う。租税立法遵守義務は、租税立法の文言に直接的に反する行為をしてはならないことはもとより、租税立法の趣旨に反する行為をしてはならないことを含む。
また、税務署職員は、行政通達に基づいて実務を行うものであるから、通達に反する処理をすることは依頼者に不利益が生ずる可能性があり、慎重を要する。
そして、仮に通達に反する助言をする場合には、通達に反する旨、及び後日依頼者に不利益が生ずる可能性があることを説明助言する必要がある。
これが、税理士の租税立法遵守義務の問題である。
(8)第三者に対する注意義務
銀行など金融機関をはじめ、法人または個人に対して融資をする者、取引を開始しようとする者が、その財務内容や営業活動を調査するために、税務申告書や試算表などの提出を求めることがある。
そして、それらの内容が真実であると信頼して、融資や取引を開始することがある。ところが、税務申告書等の内容が真実に反するものであり、そのために貸付金や売掛金の回収が不可能にある、という事態が想定しうる。
この場合、当該虚偽の税務申告書や試算表等を税理士が作成したものである場合には、損害を被った第三者としては、損害の原因を作出したのが税理士であるとして、税理士に対して損害賠償請求をすることがある。
これが、第三者に対する注意義務の問題である。
この場合、税理士と第三者との間には契約関係がないから、債務不履行責任は問題とはならない。問題となるのは、不法行為責任である。
税理士は税務の専門家として、公正な立場において、納税者の適正な納税義務の実現を図るため、真正な税務申告書を作成する義務を負う。
そして、故意または相当の注意を怠って真正の事実に反して税務申告書を作成したときは、懲戒処分を受けることがある(税理士法第45条1項、2項)。
そして、税務申告書の内容を信頼して融資取引を行ったり、取引を開始あるいは継続することがあることは容易に推測できることであり、かつ、税務申告書の内容が虚偽である場合には、それによって債権回収が不可能になりうることも容易に推測可能であり、かつ、その結果を回避することも可能である。
その意味で、税理士は、第三者が内容虚偽の税務申告書等を信頼して行動した結果、損害を被ることのないように、税務申告書等の内容を真正にすべく注意義務を負っていると解される。
よって、故意または過失によって内容虚偽の税務申告書等を作成し、それによって第三者が損害を被った場合には、税理士には不法行為に基づく損害賠償責任が発生する場合がある、と考える。