売上に関する不正取引は多いと思いますが、その中でも、「売上の前倒し計上」による不正の事例について教えてください。
【この記事の著者】 江黒公認会計士事務所 公認会計士 江黒 崇史
http://www.eguro-cpa.com/
これまで数多くの不正取引を紹介してきましたが、なかなか不正はなくなりません。
特に、売上に関する不正取引は頻繁に起こります。
今回ご紹介する不正取引は、「売上の前倒し計上」です。
採血管準備装置という特殊な装置を開発・販売していた会社で起こりました。
本取引は特殊な装置のため、エンドユーザーは病院等になります。
当該装置は、当社の顧客である医療機器メーカー又は病院への卸業者(仲介業者)を経由して、国内外の病院や検査センターといったエンドユーザーに販売する流れが主たる商慣習となります。
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【商流】
不正実施会社(TMC社とします)
↓
顧客(医療メーカー)
↓
エンドユーザー(病院等)
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このような流れであれば、当該装置をエンドユーザーの指定する場所に納品・設置して、エンドユーザーの確認を受けることで売上とするべきです。
ところが、この不正実施会社(以下、T社とします)の一部の取引について、実際にはエンドユーザーである病院等に納品していないにも関わらず、顧客の検収を受けたかのような外観を作ることで、売上の前倒し計上が行われていました。
この会社が実施した不正は、顧客との合意です。
(以下、調査報告書より筆者抜粋、加工)
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【商談】
営業担当者は、通常の商談に際して、前倒し計上について顧客と合意する。
【受注】
営業担当者は、受注が確定し、前倒し計上についても了解を得られた時点で、顧客から顧客注文書を入手する。
この際、決済条件として原則として6ヵ月以内の回収が条件となる。
【商品売買契約の締結】
営業担当者は、顧客注文書を入手した後、顧客との間で商品売買契約書を締結し、これを業務課に回付する。
【社内注文書の起票】
営業担当者は、顧客注文書を入手した時点で、製品構成や受注金額、納品予定日等を記載した「社内注文書」を起票する。
この際、納期は売上計上予定日を記載することとなる。
【製造】
生産技術部は、社内注文書に基づき、製品の出荷予定を毎週営業担当者に対し確認をし、製造予定を立てるが、前倒し売上に関しては納品日が未定であることから、いまだ製造は行わない。
【検収確認書券受領書の入手】
営業担当者は、売上計上月に検収確認書券受領書を作成し、顧客に郵送等により交付し、その後、当該検収確認書兼受領書に顧客の社員等の押印があるものを回収し、業務課へ回付する。
検収確認書兼受領書の「検収(受領)日」の欄には、営業担当者と顧客の担当者の間で合意が得られた日を記載する。
【外部倉庫への出荷】
前倒し売上に関しては、売上計上月には出荷はされない。
ただし、原則として毎年3月(又は9月)には、生産技術部が、常務取締役経営管理部長兼経営企画室長の指示に基づき、前倒し売上により簿外となった部材を外部倉庫にて一時保管をするため、本社から外部倉庫への出荷の手続きを行う。
【売上計上】
業務課では、検収確認書兼受領書に記載の「検収(受領)日」に基づき売上計上を行う。
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上記、検収確認書兼受領書の入手の際に、営業担当者と顧客の担当者の間で合意が得られた日が記載されています。
普通に考えれば顧客が検収することはないのですが、本件では顧客は検収確認の押印について検収をしたことの証ではなく、単に債務認識をすることの確認であったと述べられています。
なお、顧客が検収確認書兼受領書に押印をしていたのは、次の3つの理由からだったということです。
・本件で、T社が顧客に提示する決済条件が売上計上日から180日以内と長期の支払サイトが設定されていたこと。
・半年以内にエンドユーザーに製品の納品ができれば顧客はエンドユーザーから支払いを受け、T社に対する支払いも問題ないと考えていたこと。
・仮にエンドユーザーに納品が行われない場合であっても、T社への支払は遅らせることも可能であると考えていたこと。
また、T社の営業担当者は、①会社の方針として前倒し売上を認めていること、②顧客から前倒し売上について承諾が得られていたこと、③エンドユーザーからの受注が確実であり最終的には代金回収が見込まれること、から前倒し売上が不適切な取引方法であるという認識がなかったと報告書では述べられています。
前倒し売上は、一度行われると本来の翌期の売上を先取りするため、継続して前倒しを続けなければいけない状況に陥ってしまいます。
本件では、平成19年3月期から継続して不正が発生していました。
これだけ長い期間、不適切な売上取引が起こってしまったのは残念なことです。