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現行民法のルール
「意思無能力制度」とは、意思能力がない人(意思無能力者)がした法律行為は無効であることをいいます。
意思能力とは、行為の結果を判断することができる能力のことをいいます。
一般的に、幼児や認知症の高齢者には意思能力がないとされています。
民法の基本的な考え方として、私的自治の原則というものがあります。
自分の意思によって法律行為をした以上、その行為の結果生じる責任を負わなければならないという原則です。
意思無能力者は「自分の意思によって」法律行為をしたということはできず、この原則があてはまりません。
また、意思能力がなければ法律行為をすることによってどのような結果が生じるのかを判断することができず、法律行為の効力が生じるとすると不利益になります。
そのため、現行民法には意思能力に関する規定はありませんが、意思無能力者がした法律行為は当然に無効であると考えられていました。
高齢化が進んでいる日本では、認知症の高齢者がひとりで契約をすることが増えると予想され、その場合の効果が問題となります。
この問題に対処するために成年後見制度があります。
判断能力がなくなった人、不十分になった人の代わりに法律行為をしたり、その人がひとりで行った法律行為を取り消したりする人を家庭裁判所で選ぶというものです。
成年後見制度は高齢者などを保護するための制度ですが、家庭裁判所の審判が必要となるため、認知症になった人がすぐに利用できるものではありません。
そのため、家庭裁判所の手続を利用しなくても高齢者を保護できるように意思能力制度の重要性が高まっています。
変更点
(1)意思無能力者がした法律行為は無効であることを明文化
現行民法は、意思無能力者がした法律行為は無効であることは当然だから規定しないという発想でした。
今回の改正は、国民にとってわかりやすい民法にすることを目的のひとつとしているため、改正民法では意思無能力者がした法律行為は無効であることを明文化しています。
ただし、意思能力とは何なのかという定義規定や何歳以下の子どもには意思能力がないのかなどの意思無能力者の範囲に関する規定は設けられませんでした。
これらは今までどおり解釈によることになります。
意思無能力者がした法律行為は無効であることが明文化されても、法律行為をしたときに意思能力がなかったことを立証するのが困難であることに変わりはありません。
そのため、今後も必要に応じて成年後見制度を活用することが重要となるでしょう。
(2)意思無能力者の原状回復義務の範囲を明文化
意思能力がない子どもがお店で商品を購入した場合、その売買は無効です。
お店の商品は子どもの手もとにあり、子どもが支払ったお金はお店にありますが、売買をする前の状態に戻す必要があります。
元の状態(原状)に戻す(回復する)ということで、原状回復といいます。
意思無能力者の原状回復義務の範囲は現行民法に定められていませんが、現に利益を受けている限度と考えられています。
先ほどの例で説明します。
子どもが購入した商品をなくしてしまったら、原状回復することができません。
その場合は、子どもは購入する際に支払ったお金をお店から返してもらえるだけであり、弁償する必要はありません。
子どもの手もとには商品がないため、その商品から現に利益を受けているとはいえないからです。
お店側からすると、お金を返すだけで商品は戻ってこないので不利益ですが、意思無能力者を保護するためにこのように考えられているのです。
ひとりで有効に法律行為をすることができる能力を行為能力といい、未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人は行為能力が制限されているため制限行為能力者と呼ばれます。
現行民法には、制限行為能力者については原状回復義務の範囲を現に利益を受けている限度とするという明文規定がありました。
改正民法は、意思無能力者の原状回復義務の範囲についても、制限行為能力者と同じく現に利益を受けている限度とすることを明らかにしています。
(3)意思無能力者は意思表示の受領能力がないことを明文化
現行民法は、未成年者と成年被後見人には意思表示の受領能力がないことを定めています。
相手方がした意思表示を受領することは、自分で意思表示をすることに比べて簡単であることから、制限行為能力者のうち被保佐人と被補助人には意思表示の受領能力があります。
現行民法には、意思無能力者が意思表示の受領能力を有するかどうかについての規定はありませんが、意思無能力者がした法律行為が無効であることと同じように、意思表示の受領能力もないと考えられています。
意思無能力者は法律行為の結果を理解することができないため、意思表示を受領してもそれによってどのような法律効果が生じるかがわからないからです。
また、意思能力と行為能力を比較すると行為能力の方が高度な能力であるとされているところ、制限行為能力者である未成年者と成年被後見人に意思表示の受領能力がないのであれば、意思無能力者が意思表示の受領能力がないのは当然であると考えられるからです。
改正民法では、意思無能力者がした法律行為が無効であることを明文化するのと併せて、意思無能力者には意思表示の受領能力もないことを明文化しました。
ただし、意思無能力者に対して意思表示をした場合には常に意思表示をしたことを対抗(主張)できないのでは、相手方の保護を図ることができません。
そのため、意思無能力者の法定代理人や意思能力を回復した本人が意思表示を知った場合には、相手方は意思表示をしたことを対抗できるようになります。
現行民法では、未成年者や成年被後見人に対して意思表示をした場合には、その法定代理人(親や成年後見人)が意思表示を知った後であれば、相手方は意思表示をしたことを対抗できるとしていました。
改正民法では、未成年者が成年者になった後に意思表示を知った場合や、成年被後見人について後見開始の審判が取り消されて行為能力者となった後に意思表示を知った場合にも、相手方は意思表示をしたことを対抗できることとしました。
この規定は、意思表示をした相手方が意思無能力者に対して意思表示をしたことを対抗できないと定めているだけであり、意思表示が無効となることを定めているわけではありません。
そのため、意思無能力者の側から意思表示が到達したことを主張することはできるとされています。
この考え方は、改正後も変わりません。