現行民法のルール
「債務引受」とは、債務者が負っている債務を別の人(引受人)が負担することをいい、免責的債務引受と併存的(重畳的)債務引受の2つがあります。
免責的債務引受をすると引受人のみが債務を負い、元の債務者は債務を免れます。
したがって、免責的債務引受は債務者の変更ということができます。
一方、併存的債務引受をすると引受人が債務を負うだけでなく、元の債務者も債務を負ったままの状態になります。
したがって、併存的債務引受は債務者の追加ということができます。
債務引受は、債権者・債務者・引受人の三者間の契約によってするのが通常ですが、債権者と引受人との契約や債務者と引受人との契約によって行われることもあります。
債務引受に関する規定は現行民法にないため、判例によって示されたルールにもとづいて運用されています。
変更点
(1)免責的債務引受の要件と効果を規定
現行民法には免責的債務引受についての規定がありませんが、一般的に行われているため民法に規定した方がよいと指摘されていました。
改正民法は、免責的債務引受の要件と効果を規定しました。
債権者と引受人との契約で免責的債務引受を行う場合の要件と、債務者と引受人との契約で免責的債務引受を行う場合の要件を定めています。
ただし、債権者・債務者・引受人の三者間の契約を否定しているわけではありません。
債権者と引受人との契約の場合には、債権者が債務者に債務引受契約をしたことを通知することが要件となっています。
通知するのは引受人ではなく債権者であり、通知は債務者に対する対抗要件ではなく効力発生要件というところが重要です。
債務者への通知をしなければ、債務引受の効力が発生しません。
債務者の意思に反する免責的債務引受はできないという判例もありましたが、改正民法では債務者への通知で足りるとされ、債務者の承諾までは要しないことになっています。
次に、債務者と引受人との契約の場合には、債権者が引受人に対して承諾をすることが要件です。
債権者の意思に反する免責的債務引受はできないということです。
債権者の承諾があって初めて免責的債務引受の効力が生じます。
免責的債務引受の効果として、引受人が債務者の負っていた債務と同じ内容の債務を負い、債務者は債務を免れるということを明文化しました。
また、引受人が債権者に弁済しても債務者に求償する(支払った金額を請求する)ことはできないことについても規定されました。
債務者は免責的債務引受によって債務を免れているため、引受人から求償される理由がないからです。
免責的債務引受の効果は一般的にこのように考えられていたため、これによって実務が変わることにはなりません。
但し、引受人と債務者とで別途合意すれば、求償権を発生させることができます。
(2)免責的債務引受による担保の移転について規定
現行民法には免責的債務引受の規定がないことは先に述べたとおりです。
改正民法は、免責的債務引受をする場合の債権者の権利として、元の債務の担保として設定されている担保権を引受人が負担する債務に移転することができると規定しました。
担保権とは、抵当権、根抵当権などです。
ただし、根抵当権の元本が確定する前に免責的債務引受が行われた場合には、例外的に引受人が負担する債務に根抵当権を移転することはできないと定められています。
担保権を移転するためには、担保権を設定した人の承諾が必要です。
設定者が引受人である場合のみ承諾は不要とされているため、債務者が担保権を設定している場合には債務者の承諾が必要です。
また、元の債務に保証人がついているときも、引受人が負担する債務に保証人を移すことができます。
つまり、引受人が負担する債務を元の債務の保証人に保証させることができるということです。
保証人の承諾が必要であることは担保権を移転する場合に設定者の承諾が必要であることと同じですが、保証人の場合は書面または電磁的記録による承諾が必要というように形式面で制限があります。
(3)併存的債務引受の要件と効果を規定
現行民法では、併存的債務引受についての規定はありませんでした。
改正民法では、免責的債務引受と対応するように併存的債務引受の要件と効果を規定しています。
まず、債権者と引受人との契約によって併存的債務引受ができることについて規定しています。
免責的債務引受とは異なり、債務者への通知が必要という定めはないため、債務者の関与なく併存的債務引受を行うことができます。
次に、債務者と引受人との契約によっても併存的債務引受ができることを規定しており、債権者が引受人に対して承諾をすることが効力発生要件となっています。
債務者と引受人との契約の場合には、免責的債務引受でも債権者の承諾が必要と定められているため、この点は免責的債務引受と併存的債務引受で違いはありません。
免責的債務引受の場合、元の債務者は債務者ではなくなって引受人のみが債務者となるため、引受人の財産状態によっては債権者に不利益が生じるおそれがあります。
そのため、債権者の承諾が必要であることは当然だといえます。
一方、併存的債務引受の場合には債権者に不利益が生じることが想定しにくく、債権者の承諾は不要であるという判断を示した判例もあります。
しかし、改正民法は債権者の承諾がなければ併存的債務引受の効力が生じないとしているため注意が必要です。
債務者と引受人との契約と債権者の承諾によって行う併存的債務引受は、第三者のためにする契約であると考えられてきました。
改正民法はその考え方を採用し、第三者のためにする契約の規定にしたがって処理することを定めました。
第三者とは、ここでいう債権者のことです。
この規定により、債権者が直接引受人に対して債務の履行を請求できるなど、第三者のためにする契約と同じ取扱いをすることになります。
契約書への影響
(1)債権者と引受人との契約で免責的債務引受を行う場合には債務者に通知をする必要があるため、債務引受契約書に次のような規定を追加します。
変更例
新設(債務者への通知)
「債権者は、本契約締結後すみやかに債務者に対して本件債務引受をした旨の通知を行うものとする。」
(2)元の債務に設定されている担保権を移転する場合には、担保権の内容がわかるように契約書に具体的に記載します。
変更例
新設(抵当権の移転)
「債権者は、債務者が負担する債務の担保として設定されている下記の抵当権を、引受人が負担する債務に移転する。」
※この後に抵当権の発生原因、債権額、利息、損害金、登記されている法務局、登記の受付番号を記載し、移転する抵当権を特定する。
(3)債務者と引受人との契約で併存的債務引受を行う場合には、債権者の承諾を得ることが必要であるため、次のような規定を追加します。
債権者・債務者・引受人の三者間の契約の場合は、契約書に債権者が債務引受を承諾していることを記載します。
これは、免責的債務引受にも共通します。
変更例
新設(債権者の承諾)※債務者と引受人との契約の場合
「引受人は、本契約締結後すみやかに債権者から本件債務引受についての承諾を得るものとする。」
新設(債権者の承諾)※債権者・債務者・引受人の三者間の契約の場合
「債権者は、本件債務引受を承諾する。」
いつから適用になるか
改正民法の施行日は2020年4月1日です。
施行日から改正民法が適用されることになりますが、施行日よりも前に締結された債務引受契約には現行民法が適用されます。
債務が発生する原因となった元の契約の締結日ではなく、債務引受契約の締結日が基準となることに注意が必要です。
改正民法が適用されるのは、施行日以後に締結された債務引受契約です。