目次
現行民法のルール
「危険負担」とは、契約によって生じた債務が債務者の責めに帰すべき事由によらずに履行できなくなった場合に、債権者が負っている債務が消滅するか存続するかを定める制度のことをいいます。
債務者の責めに帰すべき事由によらないというのは、債務者のせいではないということです。
債権者が負っている債務という表現はわかりにくいため、建物の売買を例に挙げて説明します。
建物の買主は建物の引渡し請求権という債権をもっていることに着目すれば債権者であるといえます。
しかし、建物の売買代金を支払う債務を負っていることに着目すれば債務者であるといえます。
このように、多くの契約においては、ひとり契約当事者が債権者でもあり債務者でもあるということはよくありますことになります。
当事者が互いに債務を負担する契約を双務契約といいます。
危険負担が問題となるのは、双務契約の場合のみです。
危険負担では、物に着目して債権者と債務者を判断します。
建物の売買の場合は、建物の引渡し請求権をもっている買主が債権者、建物を引き渡す義務を負っている売主が債務者にあたります。
建物の売買契約を結んだ後、建物の引渡しが行われる前に、雷などの不可抗力によって建物が滅失した場合には、債務者は建物を引き渡すことができません。
その場合に、債権者が負っている代金支払い債務が消滅するか、それとも存続するかが問題となります。
結論は、債権者は建物を引き渡してもらえませんが、売買代金を支払わなくてはなりません。
債務者の建物引渡し債務は履行不能になっても、債権者の代金支払い債務は存続するということです。
変更点
(1)危険負担の例外的な規定を削除
危険負担では、債務者主義と債権者主義という言葉が出てきます。
債務者主義というときは債務者に不利であることを意味し、債権者主義というときは債権者に不利であることを意味します。
先に述べた建物の売買について、建物が滅失したにもかかわらず債権者の代金支払い債務が消滅しないことは、債権者にとって不利であるため債権者主義といいます。
実は、民法の規定では債務者主義が原則、債権者主義が例外になっています。
しかし、原則である債務者主義が適用される場面がかぎられていて、建物の売買などの一般的な取引には例外である債権者主義が適用されるため、債権者主義が適用される場面の方が多くなっています。
現行民法では、特定物に関する物権の設定や移転を目的とする双務契約において、目的物が債務者の責めに帰すべき事由によらずに滅失または損傷しても、債権者の代金支払い債務は消滅しないことを規定していました。
これが危険負担の例外的な規定です。
特定物とは、建物のようにその物の個性に着目して取引が行われるもののことをいいます。
物の個性に着目せず、同じ種類のものなら何でもよい不特定物の場合でも、取引の目的物として特定された後はこの規定の適用があります。
建物の売買契約を結んだ後に建物が滅失した場合には引渡しを受けていなくても債権者は代金を支払わなければならないという結論は債権者に不利であるため、実際の契約では危険負担について特約をすることが多いです。
危険負担の規定は強行規定ではないため、民法よりも当事者間の契約が優先します。
改正民法では、この規定を削除しました。
例外的な規定が削除されたということは、原則的な規定の適用を受けることになるため、特定物に関する物権の設定・移転を目的とする双務契約にも債務者主義が適用されることになります。
(2)危険負担の原則的な規定を変更
現行民法では、契約の当事者双方の責めに帰すべき事由によらずに債務が履行できなくなったときは、債務者は反対給付を受ける権利を失うことを規定しています。
これが危険負担の原則的な規定です。
債務者の反対給付を受ける権利とは債務者がもっている債権のことであり、債務者が反対給付を受ける権利を失うということは、債権者が負っている債務が消滅するということです。
改正民法は、この原則的な規定を変更しました。
契約の当事者双方の責めに帰すべき事由によらずに債務が履行できなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒否することができると定めています。
債務者がもっている債権に着目した規定から、債権者が負っている債務に着目した規定に変わりました。
改正民法の下では、債務者の責めに帰すべき事由がなくても債務不履行があれば債権者は契約を解除することができます。
そのため、危険負担が適用される場合にも債権者は契約を解除することができ、それによって債権者が負っている債務から解放されます。
そのため、危険負担の規定として反対給付の履行を拒否することができることを定める必要はないとも考えられますが、複数当事者の1人が行方不明であるなど、何らかの理由により解除ができない場合があることを考慮して債権者に反対給付の履行を拒否する権利を認めました。
(3)債権者の責めに帰すべき事由によって履行不能になった場合の規定を変更
現行民法では、債権者の責めに帰すべき事由によって債務者が債務を履行することができなくなったときは、債務者は反対給付を受ける権利を失わないことを規定しています。
この規定は、債務者の債務が履行できなくなった原因が債権者にある場合に適用されます。
危険負担の原則的な規定は債権者に有利ですが、債権者のせいで債務者が債務を履行できなくなった場合にまで債権者の負っている債務を消滅させるとするのは不公平であるため、この規定を置いています。
改正民法は、現行民法において債務者は反対給付を受ける権利を失わないとしていたところを、債権者は反対給付の履行を拒否することができないと変更しました。
これは、先に説明した原則的な規定の変更に対応するものです。
債権者はこの規定によって反対給付の履行を拒否することができないため、反対給付をしなければなりません。
改正民法の別の条文で、債権者の責めに帰すべき事由によって債務不履行になった場合には債権者は契約を解除することができないと規定されているため、解除をすることもできません。
債務者が負っている債務は履行不能であるため、債務者は債務から解放されることになりますが、それによって利益を得たときは債権者に償還しなければならないと定められています。
債務者が二重に利益を得ることを防ぐという趣旨があります。
この規定は、現行民法から変わっていません。
契約書への影響
(1)(2)(3)先に述べたとおり、現行民法の下で債権者主義が適用される特定物に関する物権の設定や移転の場合でも、債務者主義とするという特約を定めていることが通常です。
改正後は債務者主義を適用することを定めても債権者が反対給付の履行を拒否することができるという意味にしかならないため、契約を解除することができるという規定にすることが考えられます。
変更例
変更前(危険負担)
「本物件の引渡し前に売主の故意または過失によらずに本物件が滅失または損傷したときは、その損失は売主が負担する。ただし、買主の故意または過失による場合はこのかぎりでない。」
変更後(危険負担)
「本物件の引渡し前に売主の故意または過失によらずに本物件が滅失または損傷したときは、買主は契約を解除することができる。ただし、買主の故意または過失による場合はこのかぎりでない。」
いつから適用になるか
改正民法の施行日は2020年4月1日です。
危険負担の規定については、契約を結んだ日が施行日前である場合は現行民法が適用され、契約を結んだ日が施行日以後である場合は改正民法が適用されます。
契約を結んだのが施行日前であれば、施行日以後に不可抗力によって履行不能になった場合でも現行民法が適用されることに注意が必要です。