目次
- 1 現行民法のルール
- 2 変更点
- 3 契約書への影響
- 3.1 (1)現行民法の下では、消費貸借契約書に物の引渡しがあったことを記載する方法が多く採用されてい必要がありましたが、改正後は物の引き渡しがなくても契約が成立するため、物の貸し借りの意思表示の合致があったことを記載すれば足りるようになります。
- 3.2 (2)諾成的消費貸借契約の場合は、契約成立後引渡しまでは借主が契約を解除できるため、そのことについての規定を追加します。
- 3.3 (3)諾成的消費貸借が成立した後、物の引渡しまでに貸主または借主が破産手続開始の決定を受けた場合、契約の効力が失われることを記載します。
- 3.4 (4)現行民法には利息に関する規定はありませんでしたが、利息の特約がない消費貸借契約では利息が発生しないこと、発生する場合は引渡し日から利息が発生することとされてきました。
- 4 いつから適用になるか
現行民法のルール
「消費貸借」とは、物の貸し借りのことです。
代表的なのは、お金を貸し借りする金銭消費貸借契約です。
消費貸借契約は、借主が同じ物を貸主に返すことを約束して、貸主から物を受け取ることによって成立します。
このように、物の引渡しがあって初めて成立する契約を要物契約といい、意思表示の合致のみで成立する売買契約などの諾成契約と区別されます。
物の引渡しによって消費貸借契約が成立するため、貸主にとっては契約から生じる債務というものがありません。
貸す義務(物の引渡しをする義務)は契約成立時に履行しているからです。
物の引渡しがあるまで消費貸借契約が成立しないということは、物の貸し借りをするという意思表示の合致があっても、借主は貸主に対して物の引渡し請求をすることができません。
しかし、最高裁の判例は、意思表示の合致のみで成立する消費貸借契約(諾成的消費貸借契約)を認めないと不都合な場合があり、これを認めた裁判所の判例もありますています。
以下では、意思表示の合致のみで成立する消費貸借契約のことを諾成的消費貸借契約と呼びます。
変更点
(1)書面による諾成的消費貸借契約の規定を追加
現行民法では消費貸借契約は要物契約とされ、物の引渡しがあるまで契約は成立しないとされてきました。
諾成的消費貸借契約は一般的に行われているため、民法に規定を置いた方がよいと指摘されていました。
改正民法は、現行民法の消費貸借契約の規定そのものを変更することはしませんでした。
これまでの要物契約としての消費貸借契約の規定はそのまま残し、諾成的消費貸借契約の規定を追加しています。
諾成的消費貸借契約は書面で行うことを要件としました。
消費貸借契約を書面で行う場合にかぎり、物を貸すという貸主の意思表示と物を借りるという借主の意思表示が合致したときに契約が成立します。
書面を作成せず、口頭のみで行う消費貸借契約は、これまでどおり物の引渡しがあるまで成立しません。
書面の作成を要件としたのは、安易に消費貸借契約を結ぶことがないようにするためです。
なお、書面の代わりに電磁的記録による方法も認められています。
この規定によって諾成的消費貸借契約が成立した場合は、貸主の貸す義務が生じます。
貸主は借主に対して物の引渡しをする義務を負い、借主は貸主に対して物の引渡し請求をすることができます。
(2)借主に諾成的消費貸借契約の解除を認める旨を規定
現行民法では、消費貸借契約は物の引渡しと同時に成立するため、契約の成立から物の引渡しまでの間に借主が契約を解除する余地はありませんでした。
借主が物を借りる必要がなくなった場合には物を受け取らなければよく、物を受け取らなければ契約は成立しないからです。
改正民法では、書面による諾成的消費貸借契約が認められるため、契約の成立から物の引渡しまでの間に借主が物を借りる必要がなくなることが考えられます。
その際、借主が契約を解除することができるのかが問題となりますが、改正民法はこれを認めました。
諾成的消費貸借契約が成立した後、貸主から物を受け取るまでの間に、借主は契約を解除できると定められています。
借主が物を借りる必要がなくなった場合に解除できるようにすることを目的とした改正ですが、解除する理由については規定されていないため、理由を問わず解除することができます。
借主に契約の解除を認めるという借主に有利な改正ですが、契約の解除によって貸主が損害を受けた場合は借主に対して損害賠償請求ができると定めることによってバランスをとっています。
(3)物の引渡し前の破産により諾成的消費貸借契約が失効する旨を規定
現行民法は、消費貸借の予約をした後に、貸主または借主が破産手続開始の決定を受けたときは予約の効力が失われると規定しています。
消費貸借の予約権を借主が行使した場合には貸主は物の引渡しをしなければならないため、消費貸借契約では生じることのない貸す義務が貸主に発生します。
このことから、消費貸借の予約は諾成的消費貸借契約に近いと考えられていました。
改正民法では、この規定が削除されています。
その代わりに、諾成的消費貸借契約の規定として、物の引渡し前に貸主または借主が破産手続開始の決定を受けたときは契約の効力が失われると定めました。
改正後は消費貸借の予約に関する規定はなくなりますが、消費貸借の予約を否定する趣旨ではありません。
(4)消費貸借契約の利息に関する規定を新設
現行民法には、消費貸借契約によって発生する利息についての規定がありませんでした。
利息が発生するという特約をしないかぎり、利息は発生しないとされています。
また、利息の発生時期については、金銭などの消費貸借契約の目的物が貸主から借主に引き渡されて、借主が利用できる状態になったときと考えられています。
改正民法は、消費貸借契約の利息に関する一般的な考え方を明文化しました。
貸主側に立った規定の仕方になっていて、利息が発生するという特約をしなければ貸主は借主に対して利息を請求できないこと、利息が発生するという特約がある場合は貸主は物の引渡しをした日以後の利息を請求できることを定めています。
物の引渡しをした日以後ということから、引渡しをした日から利息が発生することがわかります。
契約書への影響
(1)現行民法の下では、消費貸借契約書に物の引渡しがあったことを記載する方法が多く採用されてい必要がありましたが、改正後は物の引き渡しがなくても契約が成立するため、物の貸し借りの意思表示の合致があったことを記載すれば足りるようになります。
変更例
変更前(契約の成立)
「貸主は借主に対し、金○円を貸し渡すことを約し、借主は受け取った金員を返還することを約してこれを受け取った。」
変更後(契約の成立)
「貸主は借主に対し、金○円を貸し渡すことを約し、借主は受け取った金員を返還することを約した。」
諾成的消費貸借契約の場合は契約成立後に引渡しをすることになるため、引渡し日を記載します。
変更例
新設(引渡し)
「貸主は借主に対し、○年○月○日に本件貸付金を引き渡す。」
(2)諾成的消費貸借契約の場合は、契約成立後引渡しまでは借主が契約を解除できるため、そのことについての規定を追加します。
債務不履行があったときの解除の規定と区別できるように分けて記載するようにしましょう。
変更例
新設(引渡し前の解除)
「借主は、本契約の締結から本件貸付金の引渡しまでの間、本契約を解除することができる。」
(3)諾成的消費貸借が成立した後、物の引渡しまでに貸主または借主が破産手続開始の決定を受けた場合、契約の効力が失われることを記載します。
変更例
新設(引渡し前の契約の失効)
「本件貸付金の引渡しがあるまでに貸主または借主が破産手続開始の決定を受けた場合、本契約は効力を失う。」
(4)現行民法には利息に関する規定はありませんでしたが、利息の特約がない消費貸借契約では利息が発生しないこと、発生する場合は引渡し日から利息が発生することとされてきました。
改正民法はこれを明文化したにすぎないため、契約書に利息の定めがあれば利息が引渡し日から発生することは改正前と変わりません。
そのため、改正による契約書への影響はありません。
いつから適用になるか
改正民法は、2020年4月1日に施行されます。
改正後も、施行日よりも前に締結した消費貸借契約については現行民法が適用されます。
改正民法が適用されるのは、施行日以後に締結した消費貸借契約です。
施行日前に締結した消費貸借契約でも解釈によって意思表示の合致のみで成立する場合がありますが、その場合でも引渡し前の借主の解除権は認められないことに注意が必要です。