目次
現行民法のルール
「代理」とは、本人以外の人が本人の代わりに意思表示をすることによって、その意思表示による法律効果が本人について生じることをいいます。
有効に代理するためには、代理人が相手方に対して意思表示をする際に、自分が本人の代理人であることを名乗る必要があります。
「名」を「顕(あらわ)す」ということから、「顕名」と呼ばれます。
相手方からすれば、顕名がなければ代理人自身と契約をすると誤解してしまうため、顕名が必要とされています。
顕名がなく、本人の代理人であることを相手方が知ることができなかったときは、代理人と相手方との間に契約が成立します。
また、当然ですが本人が代理人に対して代理権を与えることも必要です。
本人の関与なく代理人が勝手に本人の代理人として契約をしても、本人が追認しないかぎり本人と相手方との間に契約は成立しません。
顕名がある以上、代理人と相手方との間にも契約は成立しません。
その場合には、相手方は無権代理人に対して損害賠償請求などの責任追及をすることができます。
変更点
(1)代理人が制限行為能力者である場合の規定を変更
法律行為をひとりで有効に行うための能力を行為能力といい、行為能力が制限されている人を制限行為能力者といいます。
民法は、制限行為能力者を保護するための規定を置いています。
代理の場面でも制限行為能力者を保護する必要があるように思われます。
しかし、代理人が有効に代理した場合には、法律効果が本人について生じ、代理人について生じることはありません。
このように、制限行為能力者が代理人になったとしてもそれによって不利益を受けることはないため、現行民法では制限行為能力者でも代理人になることができるとしていました。
また、制限行為能力者が法定代理人の同意を得ずに行った法律行為は取り消すことができる場合がありますが、代理によって行った法律行為について行為能力が制限されていることを理由に取り消すことは認められていませんでした。
改正民法でも、この考え方は変わりません。
ただし、現行民法が「制限行為能力者でも代理人になることができる」という内容の規定であるのに対して、改正民法では「制限行為能力者が代理によって行った法律行為は行為能力が制限されていることを理由として取り消すことはできない」という内容の規定になっています。
改正民法で変わったのは、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人として行った法律行為については、行為能力が制限されていることを理由に取り消すことができるという点です。
他の制限行為能力者という表現がわかりにくいかもしれませんが、代理人だけでなく本人も制限行為能力者である場合のことを指しています。
制限行為能力者である本人に法律効果が生じることになるため、制限行為能力者を保護する必要があるということで、この規定が設けられました。
この規定が適用されるのは、他の制限行為能力者の「法定代理人」として行った法律行為にかぎられているところがポイントです。
代理人には本人が自分の意思にもとづいて選ぶ任意代理人と、法律の規定によって決まっている法定代理人がいますが、この規定の適用があるのは法定代理人の場合のみです。
そのため、本人が自分で制限行為能力者を代理人として選んだ場合は、原則どおり代理人が制限行為能力者であることを理由に取り消すことはできません。
(2)代理権の濫用に関する規定を新設
代理権がないのに代理することを無権代理といいますが、代理権の濫用は無権代理とは異なります。
本人が代理人に対して代理権を与えていて、代理人が相手方に対して顕名をして法律行為を行った場合、つまり外形的には有効な代理行為があった場合に起こりうる問題です。
代理人が代理をした目的が本人の利益のためではなく、代理人自身またはその他の人の利益のためである場合に代理権を濫用したことになります。
現行民法には代理権の濫用に関する規定はありませんでしたが、代理をした目的は代理人にしかわからないため、代理権の濫用があっても本人と相手方との間に契約が成立するとされていました。
ただし、裁判所の判例により、相手方が代理人の意図(代理人自身またはその他の人の利益のために代理すること)を知っていたか知ることができた場合には、代理行為は無効とされました。
改正民法では、代理権の濫用に関する規定を置きました。
その内容は判例とは異なります。
相手方が代理人の意図を知っていたか知ることができた場合には、無権代理とみなすこととしたのです。
先に述べたとおり、代理権の濫用は有効な代理行為を前提としているため無権代理ではありませんが、一定の場合には無権代理とみなすことによって相手方を保護しています。
代理行為が無効となることと、無権代理とみなすこととは、意味が大きく違います。
無権代理とみなすとした改正民法の規定は、相手方にとって有利な規定です。
無効ではなく無権代理とすることで、本人の追認が得られれば契約は有効になり、追認が得られなくても無権代理人に責任追及できる可能性があるからです。
(3)相手方に過失があっても無権代理人に責任追及できる例外規定を追加
無権代理があった場合には、相手方から無権代理人に対して損害賠償請求または契約の履行(契約から生じる債務を行うこと)の請求をすることができます。
現行民法では、相手方が代理人に代理権がなかったことを知らず、かつ知らないことに過失がない場合にのみ、このような責任追及ができるとしていました。
改正民法では、相手方が代理人に代理権がなかったことを知らないことに過失がある場合でも、一定の場合には責任追及ができるとしました。
一定の場合とは、無権代理人が自分に代理権がないことを知りながら代理行為をした場合です。
そのような場合は、無権代理人よりも相手方を保護する必要性が高いと考えられたからです。
相手方が代理人に代理権がないことを知っていて、無権代理人も自分に代理権がないことを知っていた場合には、原則どおり相手方が無権代理人に対して責任追及することはできません。
この例外規定が適用されるのは、あくまでも相手方が代理人に代理権がないことを過失により知らなかった場合であることに注意しましょう。
契約書への影響
(1)制限行為能力者が代理人になる場合について契約書に記載することはないため、契約書への影響はありません。
(2)代理権の濫用について契約書に記載することはないため、契約書への影響はありません。
(3)無権代理人の責任について契約書に記載することはないため、契約書への影響はありません。
いつから適用になるか
改正民法の施行日は2020年4月1日です。
施行日よりも前に代理権の発生原因が生じた代理行為については現行民法が適用され、施行日以後に代理権の発生原因が生じた代理行為については改正民法が適用されます。
代理人と相手方との間で法律行為を行った時点ではなく、代理権の発生原因が生じた時点つまり本人が代理人に対して代理権を与えたときを基準にするということが重要です。
本人が代理人に対して代理権を与えたのが施行日よりも前であれば、代理人と相手方との間で法律行為を行ったのが施行日以後であっても、現行民法が適用されるということです。
代理権が与えられていない無権代理については、代理権を与えたときという基準がありません。
そのため、この場合は無権代理行為のときを基準にします。
つまり、施行日よりも前に無権代理行為があったときは現行民法、施行日以後に無権代理行為があったときは改正民法が適用されます。