目次
現行民法のルール
「債務不履行」とは、契約から生じる債務を行わないことをいいます。
債務不履行には、履行遅滞、履行不能、不完全履行の3つがあります。
すべて文字どおりの意味で、履行遅滞は履行が遅れていること、つまり契約で定めた履行日を過ぎても履行しないことです。
履行不能は履行できないことです。
たとえば、建物の売買における売主の債務は建物の引渡しですが、建物が火事で燃えてしまった場合には債務を履行できないため、履行不能にあたります。
不完全履行とは、履行したが不完全であることです。
たとえば、契約で定めた品質よりも低い品質の商品を引き渡した場合がこれにあたります。
債務不履行があった場合には、相手方である債権者は債務者に対して損害賠償請求や契約の解除ができることになっています。
履行不能の場合には履行の請求をすることはできませんが、履行遅滞または不完全履行の場合には履行が可能であるため履行の請求をすることもできます。
変更点
(1)履行遅滞と不完全履行でも帰責事由がある場合のみ債務者が責任を負うことを明文化
現行民法は、債務不履行によって債権者が損害賠償を請求できる場合として、「債務者が債務の本旨(本来の目的)に従った履行をしないとき」と「債務者の帰責事由によって履行することができなくなったとき」の2つに分けて規定しています。
履行遅滞と不完全履行は前者、履行不能は後者にあたります。
債務者の帰責事由とは、債務不履行になった原因が債務者にあることをいいます。
現行民法の規定から考えると、債務者の帰責事由が要件となっているのは履行不能にかぎられるように思えます。
履行遅滞と不完全履行には「債務者の帰責事由によって」という文言がないからです。
しかし、裁判所の判例や一般的な考え方によると、履行遅滞や不完全履行によって債権者が損害賠償請求をする場合でも、債務者の帰責事由を要件としています。
今回の改正は国民にとってわかりやすい民法にすることが目的のひとつになっています。
履行遅滞・不完全履行と履行不能は、条文上は取扱いが異なるように見えて、実際には同じ取扱いをするという状態になっているため、わかりにくいと指摘されていました。
そこで、改正によってこの条文が変更されました。
改正民法では、履行遅滞・不完全履行と履行不能を分けずに同じ規定にすることによって、履行遅滞と不完全履行の場合にも債務者の帰責事由が要件となることが条文を読んだだけでわかるようになっています。
(2)債務者の帰責事由の判断基準を明文化
先に述べたとおり、履行遅滞、不完全履行、履行不能のいずれについても、債務不履行による損害賠償請求をする場合には債務者に帰責事由があることが必要です。
裁判になった場合には、債務者が自分に帰責事由がないことを証拠をもとに証明しなければなりません。
しかし、現行民法は債務者に帰責事由があることを債権者が証明しなければならないような規定になっていました。
また、債務者に帰責事由があるかないかの判断をどのように行うかに関する規定はありませんでした。
故意や過失がない場合には責任を負わないという考え方である過失責任主義が一般的であるため、帰責事由とは「故意、過失またはこれと同視できる事由」であると考えられていました。
改正民法では、債務者が自分に帰責事由がないことを証明しなければならないことが条文の構造からわかるようになりました。
また、債務者の帰責事由の有無を判断するにあたっては、契約その他の債務の発生原因と取引上の社会通念を基準にすることが規定されました。
社会通念とは、一般常識と同じような意味です。
契約のみから帰責事由の有無を判断すると取引実務に悪影響を及ぼすおそれがあると考えられたため、契約その他の債務の発生原因だけでなく取引上の社会通念をも基準としました。
一般的な考え方である過失責任主義は採用されませんでしたが、現行民法の下でも契約その他の債務の発生原因と取引上の社会通念を基準として帰責事由があるかないかを判断した判例もあったため、改正によって実務が大きく変わるわけではありません。
(3)填補賠償に関する規定を追加
債務が履行不能となった場合に、本来の債務を履行する代わりに損害賠償をすることを填補賠償といいます。
填補賠償は一般的に行われていますが、現行民法には填補賠償に関する規定がありませんでした。
改正民法では、填補賠償に関する規定が置かれました。
具体的には、次の3つの場合に債権者は債務者に対して填補賠償を請求することができるとされています。
1つ目は、履行不能であるときです。
これが填補賠償を請求できる典型的な場合です。
債務者の帰責事由によって履行不能になったときは、債権者の履行請求権は解除することなく填補賠償請求権に変わるとした判例があるため、判例でも認められていることがわかります。
2つ目は、債務者が履行する意思がないことを明確にしたときです。
履行するのに債務者の行為が必要な場合に債務者に履行する意思がなければ、物理的には履行が可能であっても履行不能に近いといえます。
そのため、この場合も債権者は填補賠償を請求できるとしています。
3つ目は、債務が生じる原因となった契約が解除されたとき、または債務不履行による契約の解除権が発生したときです。
この規定は、債務が契約から生じたものであることを前提としています。
これらの3つのいずれかに該当する場合には、填補賠償を請求することができると定められています。
1つ目の履行不能の場合には、債権者は債務者に対して履行を請求することはできません。
請求しても履行できないことに変わりはないため、意味がないからです。
それに対して、2つ目と3つ目の場合は履行を請求することもできます。
填補賠償請求は債権者の権利であって義務ではないため、債権者としては履行を請求するか填補賠償を請求するかを選択できるということです。
契約書への影響
(1)(2)契約書に、民法の規定に合わせた債務不履行に関する条項を入れていた場合には、表現を修正する必要があります。
そのままでは履行不能の場合のみ帰責事由が要件となるように読めるため、履行遅滞と不完全履行の場合にも帰責事由が要件となることがわかるように変更します。
また、帰責事由を故意もしくは過失またはこれと同視すべき事由などとしていた場合には、改正民法に合わせた表現に直します。
変更例
変更前(債務不履行による損害賠償)
「1.債務者が債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者に対して損害賠償する義務を負う。
2.債務者の故意もしくは過失またはこれと同視すべき事由によって履行できなくなったときも、前項と同様とする。」
変更後(債務不履行による損害賠償)
「債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき、または債務の履行ができなくなったときは、債権者に対して損害賠償する義務を負う。ただし、債務不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の帰責事由によるものでないときは、このかぎりでない。」
いつから適用になるか
改正民法は、2020年4月1日に施行されます。
この日を施行日といい、施行日前に生じた債務についての債務不履行には現行民法が適用されます。
施行日以後に生じた債務についての債務不履行には、改正民法が適用されます。
ただし、施行日以後に生じた債務であっても、債務発生の原因となる法律行為が施行日前にされていれば現行民法が適用されることに注意が必要です。