採用の内定を出した内定者に履歴書の虚偽記載を見つけました。
この場合、内定を取り消すことはできますか?
解説
内定の実態は多様でありますが、一般的には企業の労働者募集は労働契約の申込みの誘引であり、労働者の応募が労働契約の申込み、企業からの採用内定通知が契約申込みに対する承諾であって、これにより就労の始期(仕事開始時期)が定められ、解約権が留保された労働契約が成立すると考えられています。
採用内定通知を受けても労働契約が成立しないとすると、企業は内定取り消しを自由に行うことができることになり、応募者の地位を不当に不安定にすることになってしまうからです。
採用内定により労働契約が成立すると考えると、採用内定取消しは、解雇と同様に考えることができ、解雇を制限する労働契約法16条の規定が適用されます。
そのため、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」内定取消しについては無効とされます。
履歴書の虚偽記載に関して、後述の判例では、「一般には留保解約権に基づく解雇は、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇事由が認められるのであるけれども、留保解約権の行使は解雇権留保の趣旨、目的に照らして、客観的合理的で社会通念上相当の場合にのみ許されるものといわなければならない。」としたうえで、「単に形式上、身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した事実があるだけでなく、その結果労働力の資質、能力を客観的合理的にみて誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は企業の運営にあたり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内に留めておくことができないほどの不信義性が認められる場合に、解約権を行使できるものと解すべきで」あり、そして、「右の不信義性は、詐称した事項、態様、程度、方法、詐称していたことが判明するに至った経緯等を総合的に判断して、その程度を定めるべきものと解する」としました。
少しでも虚偽の記載があったからといって内定取り消しができるというのは行きすぎた判断といえるでしょう。
前述のごとく内定の取り消しは解雇と同様に考えられ、解雇権の濫用の法理が適用されるからです。
これに対し、例えば、特定の経験や専門知識を有することを前提に採用通知が出されたのに、履歴書に記載されたその職歴や資格が全くの虚偽であった場合、採用後の配属予定先からして労務の提供ができないことが明らかであれば、内定取消しは許されるのではないでしょうか。
ただ、事案にもよりますが、内定者と人事担当者が面談し、内定取り消しの理由をていねいに説明し、本人が納得したうえで内定を辞退していただくのが穏当な解決方法だと考えられます。
判例
「日立製作所事件」(横浜地裁判決 昭和49年6月19日 判時744号29頁)
概要
日本で生まれ育った、いわゆる在日朝鮮人の原告が、被告から採用通知を受けた。
その後、原告が韓国人であるため戸籍謄本を提出できない旨告げたところ、被告は「当社は一般外国人は雇わない」と答えて採用内定を取り消した。
そこで原告は、被告に対し地位確認、賃金及び慰謝料請求の訴えを提起した事案(本籍、氏名等の詐称)。
裁判所は、「一般には留保解約権に基づく解雇は、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇事由が認められるのであるけれども、留保解約権の行使は解雇権留保の趣旨、目的に照らして、客観的合理的で社会通念上相当の場合にのみ許されるものといわなければならない」と一般論を述べた上で、
「単に形式上、身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した事実があるだけでなく、その結果労働力の資質、能力を客観的合理的にみて誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は企業の運営にあたり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内に留めておくことができないほどの不信義性が認められる場合に、解約権を行使できるものと解すべきで」あり、そして、「右の不信義性は、詐称した事項、態様、程度、方法、詐称していたことが判明するに至った経緯等を総合的に判断して、その程度を定めるべきものと解する」としました。
そして、具体的あてはめにおいて、「一般に、私企業者には契約締結の自由があるから、立法、行政による措置や民法九〇条の解釈による制約がない限り労働者の国籍によってその採用を拒否することも、必ずしも違法とはいえないのである。
しかし、被告は表面上、又本件訴訟における主張としても、原告が在日朝鮮人であることを採用拒否の理由としていない(しかし、被告の真意は後記認定のとおりである)ほどであるから、原告が前記のように「氏名」、「本籍」を詐称したとしても(その結果、被告会社は原告が在日朝鮮人であることを知ることができなかったとしても)、これをもつて被告会社の企業内に留めておくことができないほどの不信義性があり、とすることはできないものといわなければならない」とし、内定取消しを無効とした。
一般的には、会社が採用の内定を出した時点で始期付解約権留保付労働契約が成立すると考えられています。
そのため、内定の取り消しは、