会社と社員が締結していた労働契約を終了させる場合の方法として、辞職や解雇、合意解約、雇止め(有期契約労働者の場合)等があります。
解雇は使用者である会社側から労働契約を一方的に解消することであり、雇止めは有期契約労働者との契約更新を会社が拒否することにより労働契約を終了させることです。
一方、辞職や合意解約の場合は、会社の就業規則の規定上、退職する日の少なくとも30日前とか1か月前までに退職届や退職願を提出するような内容になっていることが一般的かと思います。
実務上問題となるケースとして、会社は退職届と退職願のどちらを提出させるべきなのか、また、退職届を提出しない社員にはどのような対応を取るべきなのかという点が挙げられます。
以下では、退職届と退職願の違いや、退職届を提出しない社員への対応策について確認していきたいと思います。
【この記事の著者】 定政社会保険労務士事務所 特定社会保険労務士 定政 晃弘
目次
退職届と退職願の違いとは
退職届は、「会社を辞めます」という社員からの一方的な労働契約解消の意思表示となります。
それに対して退職願は、「会社を辞めたいと思いますが、いいでしょうか?」という会社の承諾を得ることを前提とした申入れとなります。
したがって、辞職であれば「退職届」、合意解約であれば「退職願」となりますが、実務上では混同していることも珍しくありません。ただし、提出されたものが退職届であっても退職願であっても、実際は「会社を辞めます」という退職届として労使双方とも認識しているのではないでしょうか。
会社は退職届と退職願のどちらを提出させるべきなのか
退職届と退職願の違いが問題となるのは、これらを会社に提出した後に「撤回ができるかどうか」という点になります。
退職届が辞職の意思表示であるならば、民法の規定により、会社(退職に関する権限のある者)に意思表示が届いた時点で効力が生じるため、原則として撤回することができません。
※退職しようとしている社員の申出に瑕疵があった場合、例外的に意思表示が無効となることがあります。民法の「心裡留保」「虚偽表示」「錯誤」「詐欺」「脅迫」がそれに該当しますが、ここでは触れません。
退職願は合意解約の申込であるため、提出後にその意思表示が会社(退職に関する権限のある者)に届くまでは、撤回することが可能です。
退職願を提出した社員が優秀で何としても引き止めたく、説得の結果、撤回してもらえるならともかく、実際にそのようなケースはほとんどないのではないでしょうか。
それどころか、会社にとって厄介者であった社員が退職願を提出したのでホッとしていたのに、後になって撤回の申出をしてきたためトラブルとなり、訴訟にまで発展することさえあります。
以上から、退職予定の社員には「退職届」を提出させることが望ましいと考えますが、就業規則の規定に沿った対応をするようにして下さい。
会社の中には、いまだに退職届を提出しなくても可とするところもあるようです。「退職届を提出させるのが面倒だから」とか、「事務の効率化を図るため、口頭のみでも認めている」というのがその理由だそうです。
こういう会社は「うちの会社は大丈夫だから」と何の根拠もない自信があるようですが、労働トラブルが発生したときは相応の代償を払うことになるでしょう。
退職届を提出しない場合、会社が取るべき対応とは?
社員が自己都合により退職しようとする場合、退職届を会社に提出します。
会社はその提出を受け、退職日までに業務引き継ぎを行うよう指示したり、退職手続きの準備を行ったり、場合によっては人員の補充手続きを行うことになります。
社員が退職届を提出することで具体的な退職年月日が確定し、上記のような準備や手続きに入ることができるわけですが、中には「〇月〇日で退職します」と口頭で言っておきながら、いつまで経っても退職届を提出しない者もいます。
確かに、労働契約の解消は労使双方が合意していれば口頭でも成立しますが、そのような場合だと、後日、本人から退職の意思表示が撤回されたり、合意ではなく解雇されたと主張されかねないリスクを抱えることになります。
A病院事件(札幌高判令4.3.8 労働判例2022年9月15日号No.1268)では、退職願を提出せず、口頭で退職の申出をした職員がその後撤回し、病院に対して未払賃金の支払等を求めました。
一審では合意退職による労働契約終了は認められないとして職員の請求を認めたものの、高裁では事務部長との面談で職員が退職の意思表示を口頭で示し、その中で退職日を決定し、退職前提の打ち合わせをしたことがポイントとなり、退職の申出の撤回はできないと裁判所は判断しました。
ここからは、これまで述べてきた内容を踏まえ、具体的にどのような対応を取るべきか考えていきます。
就業規則の規定に従い、引き続き退職届を提出するよう促す。
①メールや電話等、数回にわたって提出を促すことが望ましく、その際はいつ、どのような手段により提出を促したのか記録しておくこと。
②上記①について反応がない場合、自宅訪問を検討する。
不在の場合は、訪問した旨のメモを入れておく。また、訪問記録を残しておくこと。
③働き方が変わり、自宅が地方のため訪問が難しいようであれば、内容証明郵便により提出を促す。
退職届を提出しないのであれば、、
①メールやLINE、社内チャットツールでも構わないので、自己都合による退職の意思表示と退職日が分かるような文面を送信してもらう。
②本人との面談により退職の意思があることを明確にする。また、退職日についても面談の中で明確にする。
前述の「A病院事件」における事務部長の対応が参考となるでしょう。
場合によっては本人了解のもと、ICレコーダー等で面談内容を録音することも検討します。