個人版事業承継税制は令和元年度税制改正で創設された制度で、要件を満たせば相続税または贈与税を猶予および免除することができます。
一方で、特例適用者には相応の制約が課されるため、事業を承継する状況等によっては適用しない方がいいケースもありますので、今回は個人版事業承継税制の概要と、適用する際の注意点について解説します。
【この記事の監修者】
讃良周泰税理士事務所 税理士 讃良 周泰
目次
個人版事業承継税制の概要
個人版事業承継税制は、青色申告者の後継者が特定事業用資産を贈与・相続により取得した際に適用できる制度で、取得財産に対する贈与税・相続税が猶予されます。
猶予された納税額は、特例を適用した後継者の死亡等で免除されるため、先代から事業を引き継ぐ際に発生する税負担を軽減することができます。
特例対象となる特定事業用資産は、先代事業者(贈与者・被相続人)の事業用として利用された資産のうち、贈与・相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていた下記に該当する財産です。
<特定事業用資産の種類>
● 宅地等(400㎡まで)
● 建物(床面積800㎡まで)
● 上記以外の減価償却資産で次に該当する資産
・固定資産税の課税対象とされているもの
・自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの
・その他一定のもの
個人版事業承継税制を適用するメリット
事業承継時の税負担が軽減される
個人版事業承継税制の最大のメリットは、特定事業用資産に対する相続税または贈与税を100%猶予することができる点です。
個人事業主は法人として活動する事業者よりも資本が小さく、事業による収益があまり見込めない場合、相続税等の支払いが困難になることから、相続のタイミングで廃業せざるを得ない事業者も多いです。
また、主な相続財産が事業に関係する資産のみだと、後継者が他の相続人へ代償金を支払うことになる場合もあります。
個人版事業承継税制を適用すれば、特定事業用資産を取得する際の贈与税・相続税が猶予・免除されますので、事業を引き継ぐ際の金銭的負担を減らすことが可能です。
金銭的な条件をクリアできれば、事業を承継しやすくなるため、本制度は後継者問題を解消するための一助として期待されています。
生前に事業承継をしやすくなる
法人は代表者を交代することで、生前中に事業を引き継げますが、個人事業主は法人と違い、人格を後継者が引き継ぐことができません。
生前に事業用資産等を渡す場合、資産の価値に応じて贈与税を支払うことになりますが、個人版事業承継税制を適用すれば、贈与税を支払わずに引き継ぐことも可能になります。
生前に事業承継が完了すれば、相続が発生した時点での引継ぎが不要となりますので、円滑な事業承継を行う目的としても制度を利用できます。
個人版事業承継税制を適用するデメリット
事業の継続要件がある
個人版事業承継税制は、適用要件を満たした状態で申告書を提出するのはもちろんのこと、申告書を提出した後も納税を猶予するための要件があります。
申告後も事業を継続し、特例事業用資産を保有などの要件が求められ、事業を廃止するなどの確定事由に該当した場合、猶予されている相続税・贈与税を納めることになります。
納税猶予が確定すれば、利子税も併せて納税することになるため、後継者は生涯にわたって事業を継続することを前提に特例を適用しなければなりません。
小規模宅地等の特例の適用に制約がかかる
先代事業者等の相続において小規模宅地等の特例を利用する場合、個人版事業承継税制の適用が制限されます。
たとえば、個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例の「特定事業用宅地等」は、併用して適用することができません。
特定事業用宅地等は土地に対して適用する小規模宅地等の特例で、相続税評価額の80%を減額することができます。
個人版事業承継税制は特定事業用資産に対する相続税を100%猶予・免除できるため、節税効果は個人版事業承継税制の方が高いです。
一方で、特定事業用資産の事業継続要件は申告期限までなのに対し、個人版事業承継税制は事業を終身で継続しなければならないなど、相続後の制約が厳しいです。
そのため承継する資産の価額や財産の種類によっては、個人版事業承継税制ではなく、小規模宅地の特例適用することも検討してください。
<個人版事業承継税制と特定事業用宅地等の比較>
● 個人版事業承継税制
・宅地等(400㎡まで)
・建物(床面積800㎡まで)
・一定の減価償却資産
● 特定事業用宅地等(小規模宅地等の特例)
・宅地等(400㎡まで)
節税効果
● 個人版事業承継税制
100%納税猶予・免除
● 特定事業用宅地等(小規模宅地等の特例)
相続税評価額80%減額
事業の継続
● 個人版事業承継税制
終身
● 特定事業用宅地等(小規模宅地等の特例)
申告期限まで